最新記事

エルサレム

エルサレムをめぐるトランプ宣言の行方──意図せず招かれた中東の混乱

2017年12月10日(日)01時01分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

1993年のオスロ合意で始まった中東和平プロセスでは、エルサレム問題は「最終地位交渉」で扱う課題とされてきた。ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の共通の聖地であり、20万人以上のパレスチナ人が住むエルサレムの地理的・宗教的帰属は、容易に決められる問題ではないからだ。

2000年にはクリントン大統領の下、行政的管轄や管理権などについて細かい条件が交渉されたが、合意には至っていない。問題の解決には、そこに住む人々の権利保障と、パレスチナ・イスラエル当局の間での権益の調整、三大宗教の信徒に対する繊細な配慮を要する。

これらの経緯や問題の重要性を無視して一方的な宣言をしておきながら、その続きでトランプ大統領が、アメリカがそれでも中東和平の「仲介役にとどまる」との意思を示したことは、自身の発言の重みを理解していない証拠となった。

聖地エルサレムを勝手にユダヤの首都と認めた今回の決定は、アラブ・イスラーム諸国にとって事実上の宣戦布告に等しい。その同じ相手に和平を呼びかけたところで、誰が信じるだろう。アメリカを仲介とする対話は、少なくとも当面の間は不可能となった。それまでアメリカを仲介役に和平交渉に臨んできたパレスチナ自治政府関係者は、今後はアメリカの政府関係者と一切会談しないと繰り返し声明を発表している。

ダメ押しのように、宣言の最後でトランプ大統領は、「中東は豊かな文化と精神、歴史をもつ地域で、すばらしい人々だ」と賞賛を付け加えた。しかしこれが中東諸国の人々に何らの感銘も与えなかったことは、その後の反応から明らかだ。

トランプ大統領はたしかに「異なる結果」をもたらした。だがそれは彼が予期したものではなく、「アメリカの国益とイスラエル・パレスチナの和平を追及した」という今回の行動は、むしろアメリカの国際的孤立をもたらすことになった。

トランプ発言への反応

不意な承認をもたらされたイスラエルでは、ネタニヤフ首相がこの「歴史的な決断」に対して謝意を示した。とはいえそのガッツポーズが意味したのは、むしろ汚職疑惑に追われる自身への矛先が変わることへの喜びだったかもしれない。

発言のおかげで、当面はエルサレムとパレスチナ自治区内での騒擾への対応に追われることになるし、これに乗じて国内の右派勢力が勝手な動きを始める可能性もある。実際、今回のトランプ発言を受けて、宗教的右派の教育相ナフタリ・ベネットはビデオ・メッセージの中で、満面の笑みで「イスラエル人を代表して」謝意を述べ、トランプ大統領を、独立後初めてイスラエルを国家承認したトルーマン大統領になぞらえた。

中東イスラーム諸国の中では今回、トルコとイラクが際立って速い反応を示している。トルコではエルドアン首相がイスラエル批判の声明を繰り返し、イスタンブールの米総領事館前には宣言直後から人が集まり、抗議集会が開かれた。イラクではその日のうちに、アバーディー首相に続き、シーア派の政治指導者ムクタダー・サドルや、シスターニー師からもトランプ宣言を批判する声明が出されている。

半面、サウジアラビアやエジプトといった親米アラブ政権からは、慎重な反応が目立つ。パレスチナを擁護するトルコ、イラン、イラク、ロシア、これに対してむしろアメリカ・イスラエルとのパイプを強めるサウジアラビアとエジプト、という布陣は、現代の中東政治の対立構図そのものでもある。

一方で今回のトランプ宣言が、「イスラーム国」やアル=カーイダといったイスラーム過激派によるテロの拡大に直接つながる可能性は低いと考えられる。これらの過激派は、イスラームの象徴的聖地としてエルサレムに言及することはあっても、パレスチナの抵抗運動にはこれまで関与してこなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英国でのIPO計画が増加、規則改正控え=ロンドン証

ビジネス

円安で基調物価上振れ続けば正常化ペース「速まる」=

ワールド

ロシア、ウクライナのエネルギー施設に大規模攻撃 停

ビジネス

韓国現代自、米EV工場でハイブリッド車も生産へ=幹
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中