最新記事

日中関係

河野外相に対する中国の期待と失望

2017年8月9日(水)08時00分
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

朝日新聞は2014年に複数の謝罪記事を出したが、「覆水盆に返らず」。

朝日新聞が発信し続けた慰安婦問題に関する「日本の罪」は、すでにアメリカをはじめとした世界の津々浦々に拡散してしまい、回収不可能な状況になっている。

それを河野太郎氏が引き継ぐとしたら、こんな罪作りなことはないと、「中国の期待」と河野外相の言動に筆者も注目していた。

王毅外相を失望させた河野外相

その折りも折り、8月7日に行われた日中外相会談で、河野外相は王毅外相に「失望した」と言わせた。いいことだ。王毅外相を喜ばせるようでは失格だ。それこそ、日本国民の一人として「失望する」。

中国では前述のとおり、河野外相にはあの河野談話の息子として熱いエールが送られていた。これで日中関係がうまくいくと、ありがたくない期待をかけられていたのだ。

失望した理由は、河野外相がASEAN外相拡大会議で南シナ海に関して懸念を示す発言をしたからだという。王毅外相は河野外相の発言に対して「アメリカがあなたに与えた任務のように感じた」「率直に言って失望した」とストレートに言った。

それに対して河野外相が「中国には大国としての振舞い方を見につけていただく必要がある」と返している。

なかなか気骨があると思ったが、一方で河野外相は王毅外相に「今回のASEAN関連外相会合に来て、私のおやじを知っている方が大変多い。いろんな方からおやじの話をされ、その息子ということで、いろんな方から笑顔を向けていただいた。親というのはありがたいもんだなと改めて思った次第だ」と述べている。

就任直後の記者会見では、たしか「親と息子は違う」という主旨のことを言っていたと思うが、なぜこともあろうに王毅外相に「親というものはありがたい」などと言ってしまったのか。これでは河野談話を肯定したようなものではないか。

吉田証言の吉田清治氏長男との違い

吉田清治氏の長男は、「父が発信し続けた虚偽によって日韓国民が不必要な対立をすることも、それが史実として世界に喧伝され続けることも、これ以上、私は耐えられません。吉田家は私の代で終わりますが、日本の皆様、そしてその子孫は後に遺されます。いったい私は吉田家最後の人間として、どうやって罪を償えばいいのでしょうか」と言っている。

その葛藤の結果「父の謝罪碑を撤去する」ことを決意したのだという。そのことが『父の謝罪碑を撤去します』に書いてある。

この息子さんのような正義感と父親の残した虚偽の間で苦しむ姿こそが、真の気骨のある立派な人物だ。

河野太郎外相には、父親の出した「河野談話」が、どれだけ罪深いものであるかを反省し、それを撤廃する気概はないのだろうか。

日本の多くのメディアが報道している日中外相会談の詳細な会話を知るにつけ、河野外相に一抹の不安と失望を味わった日本人は、きっと、私一人ではないだろう。

日本が戦争を起こした罪自体は問われたとしても、私たちは子孫に虚偽の罪を残し続けていくべきではない。それは誰にとっても不幸なことだ。

endo-progile.jpg[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社、7月20発売予定)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

この筆者の記事一覧はこちら≫

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中