最新記事

アジア経済

【マニラ発】中国主導のAIIBと日本主導のADBを比べてわかること

2015年10月23日(金)16時25分
舛友雄大(シンガポール国立大学アジア・グローバリゼーション研究所研究員)

 ただし、AIIBの規約をADBのそれと比べると、AIIBがADBを参考にしていることがよく分かる。フォーマットがそっくりで、いくつかの条項にいたっては一言一句同じだ。

 AIIBはその目的として「コネクティビティ=連結性」を掲げている。これは中国外交が近年周辺諸国で強調しているキーワードであり、この国の地域戦略が見え隠れする。すでに動き出そうとしているプロジェクトには、中国-パキスタン経済回廊、スリランカの港湾支援、雲南省昆明を起点とする東南アジアでの高速鉄道網構想などが挙げられる。

 ADBの中尾武彦総裁はすでに、AIIBとの共同融資やADBが各国にもつ現地事務所を通じた協力について表明している。しかし、中尾総裁は一方で、AIIBについて「理解はするが歓迎しない」とコメントするなど、一定の距離を保っている。中尾氏を個人的に知る開発業界のある管理職によると、中尾氏は「ADBの独自色を出すのに苦労している」という。実際、中尾総裁が今年5月にアゼルバイジャンの首都バクーで投資家に向けて放った新しいスローガン「より強く、よりよく、より速いADB」はAIIBの影響を受けたものだと、あるADB職員は解説する。

 2013年に中尾氏が総裁について以降、ADBはアジア開発基金(ADF)と通常資本財源(OCR)のバランスシートを統合したり、PPP(官民パートナーシップ)オフィスを立ち上げたり、2017年に年間融資枠を今の約1.5倍の200億ドルに拡大する方針を発表するなどの改革を実施してきた。

アジアでのインフラ開発で日中両国の競争は激化するか

 ADBとAIIBが似たミッションを掲げ、競争することになると、別の懸念がでてくるかもしれない。マニラを拠点に活動している「NGO フォーラム」のライアン・ハッサン事務局長は、過去10数年にわたって、ADBがプロジェクトで影響を受ける地元住民を対象に人権・環境・労働といった領域でセーフガード強化に取り組んできたことを評価しつつ、AIIBの登場でADBのベストプラクティスが緩み、両開発銀行が共に悪い方向へ向かう「底辺への競争」が始まるのでは、と懸念している。

 アジアでのインフラ開発を巡る日中のアプローチは、重要な局面を迎えている。日本政府は差し当たってAIIBに参加しない方向をすでに示した。さらに、安倍首相は今年5月、アジアのインフラ整備に今後5年間で1100億ドルを投資することを明らかにした。これについては、新たに増額した真水の部分は少ないとか、急ごしらえ感があるとして、開発業界でも違和感を唱える声が聞かれる。そのため、この発表は一般的にAIIBへの対抗心の現れと解釈されている。

 先日、日中両国のデットヒートの末、中国がインドネシアでの高速鉄道案件を獲得し、日本政府の反発を招いたように、これからはアジアで交通インフラや発電所建設をめぐって、ますます激しい競争が繰り広げられるだろう。

 戦後日本の努力によって、フィリピン人の心の奥底に潜む戦争の傷跡は随分と癒えたかもしれない。しかし、ADBのお膝元であるマニラにはスラム街が点在し、深刻な貧富の格差が目に見える上、一向に進まないインフラ計画のせいで、大渋滞が日常会話の最大の話題の一つになっている。

 まもなく発足するAIIBに対して、日本やADBがどのような新しいインフラ開発の可能性を提示できるのかが問われている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、中国関連企業に土地売却命令 ICBM格納施設に

ビジネス

ENEOSHD、発行済み株式の22.68%上限に自

ビジネス

ノボノルディスク、「ウゴービ」の試験で体重減少効果

ビジネス

豪カンタス航空、7月下旬から上海便運休 需要低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中