最新記事

アジア経済

【マニラ発】中国主導のAIIBと日本主導のADBを比べてわかること

アジア開発銀行(ADB)の歴史から考える、アジアインフラ投資銀行(AIIB)への懸念と対抗策

2015年10月23日(金)16時25分
舛友雄大(シンガポール国立大学アジア・グローバリゼーション研究所研究員)

AIIBとの違い 日本主導でありながら、設立当初から国際的な銀行となり、持続可能性も担保されていたアジア開発銀行(ADB) Cheryl Ravelo-REUTERS

 フィリピンの首都マニラ――。SMメガモールというアジア最大級のショッピングセンターから少し大通りを進むと、背の高い柵の中に巨大で重厚な薄い褐色の建物が見えてくる。セキュリティーチェックを終え中に入ると、そこには木材を基調とした落ち着いた空間が広がっており、まるで西洋の城にやって来たかのような印象をうける。

 ここがアジア開発銀行(以下、ADB)の本部だ。1966年の設立以来、ADBは融資、グラント(無償支援)や技術協力などを通して、アジアにおける貧困の削減に取り組んできたほか、アジア地域の経済協力を推進してきた。67カ国・地域で構成され、職員3000人を擁し、アジア屈指の規模を誇る国際機関である。

 2年前に中国の習近平国家主席がアジアインフラ投資銀行(以下、AIIB)設立を提唱して以来、ADBが再び話題に上るようになってきた。ある日本の全国紙記者は「今まで、ADB総裁へのインタビューは紙面に載るようなネタにならなかった。これほど注目されるのは設立の時以来ではないか」と語る。

 今年3月に英・独・仏といったG7の一部が日本の事前の予想に反してAIIBへの参加を決め、世界を驚かせたのは記憶に新しい。中国主導のこの多国間開発銀行が年内に正式発足しようとするなか、ADBの歴史や現状をいま一度振り返ってみる必要があるだろう。

本部が日本に置かれなかったからこそ、ADBは国際的な銀行に

 ADBの軌跡は、戦後日本のありかたと密接に関係している。1963年、大蔵官僚であった渡辺武氏が私的な会合の中でADBの私案を作り上げた。だが、戦争の傷跡がアジアで生々しく残っていた時期だったからであろう、彼は結局、「このような話は日本がイニシアチブをとることは好ましくない」(『私の履歴書』より)と考えるにいたった。その頃は、米州開発銀行をはじめとして、他の地域でも多国間開発銀行が誕生しており、「アジアでも」という機運が高まりつつあった。

 ちょうどAIIBを提唱した中国が2008年に北京オリンピックを開催、2010年にGDPで世界2位になったのと同じように、日本は1964年に東京でアジア初のオリンピックを開催し、経済規模はその4年後に世界2位に躍り出ていた。そうしたなか、アジア唯一の先進工業国として日本がADBという国際機関を主導することになったのは自然な流れだった。

 後にADBの初代総裁に就任する渡辺氏は、その設立の過程で主に二つのことにこだわった。安定的な資金を確保するために域外の先進国をメンバーに迎えること、そしてADBを援助機関にするのではなく、あくまで銀行主義を貫くことだった。これらの努力は後々ADBの持続可能性に貢献することになった。

 当初、日本側は日本人の総裁就任に加えて、東京に本部を置くことを当然視していた。しかし、18の域内メンバーによる民主的な投票の結果、ADB本部の設置場所はマニラに決まった。1回目で東京選出を決めるという目論見とは裏腹に、1回目の投票で東京は過半数を得ることができず、テヘラン、マニラとともに2回目の投票へ。その結果、テヘランが脱落、3回目の決選投票でフィリピン9票、日本8票という大逆転が起きた。フィリピンはこれに遡ること2年前から水面下で誘致に向けて動き出しており、投票間近には、当時のマルコス次期大統領が活発にロビー活動を繰り広げていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ低下の確信「以前ほど強くない」、金利維持を

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ワールド

再送-バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大す

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中