最新記事

映画

【映画】「指を1本ずつ...」島民全員が顔見知りの「平和な島」で起こる、頑迷な人間を描くダークコメディー

Martin McDonagh’s Best Film Yet

2023年2月3日(金)17時18分
デーナ・スティーブンス(映画評論家)
コリン・ファレル, ブレンダン・グリーソン

突然、親友のコルム(左)に絶交を宣言されたパードリック(右)は、執拗にコルムに付きまとう SEARCHLIGHT PICTURESーSLATE

<コリン・ファレル主演『イニシェリン島の精霊』は、アイルランドの架空の島を舞台に孤島の住人が展開する風変わりな寓話。アカデミー賞8部門ノミネート作品、日本公開>

「俺はもう、あんたを好かんのでね」

コルム(ブレンダン・グリーソン)が長年の友パードリック(コリン・ファレル)に突き付けた素っ気なく唐突なこの一言から、謝罪や拒絶、逆恨み、とっぴな報復の連鎖が始まる。そしてこの2人だけでなく、2人が住むアイルランド沖の架空の島イニシェリン島の住民の人生が変わる。

時は1923年という設定だが、海辺の市場や一軒だけの酒場、教会、羊に囲まれた家屋が点在するだけのこの島では、歴史的な時間軸を示すものはほとんどない。海を隔てたアイルランド本島では激しい内戦が起きているのだが、島の住民には時折り遠くで上がる砲弾の煙という形でしか伝わってこない。

コルムとパードリックの反目は内戦と無関係だが、内戦以上に危険だ。監督・脚本のマーティン・マクドナーが描くイニシェリン島は、すごく寂しくて素朴に暴力的な場所で、地元の警官(ゲイリー・ライドン)は発達障害のある息子(バリー・コーガン)を平気で殴る。

パードリックの妹で本好きのシボーン(ケリー・コンドン)には、兄の飼っているポニーのふん尿の状態よりも高度なテーマについて語れる相手がいない。

ロンドン生まれだがアイルランド系のマクドナーは、もともと劇作家。簡潔で精緻な会話には定評があり、その繰り返しとリズムがコミカルな効果を生み出す。

「けんかをしたの?」

旧友との仲たがいを知ったシボーンが兄に尋ねたこの短い言葉を、酒場のバーテンやその友人、さらにはパードリック自身も繰り返す。まるで合唱だ。マクドナーは独特な方言にこだわり、役者たちはその語り口を忠実に再現する。それが素敵に楽しくて、試写会でも最初の30分ほどは爆笑の連続だった。

だが2人の反目は、やがて救い難く破壊的な方向に向かう。そして笑える民話が、不気味で実存的なブラックコメディーへと変わっていく。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中