最新記事

映画

名優2人が静かに「愛」を演じ切った『スーパーノヴァ』は大傑作だ

Great Actors in a Great Movie

2021年7月2日(金)17時47分
カレン・ハン
映画『スーパーノヴァ』のワンシーン

ファース(左)とトゥッチの抑制された演技が観客の心をわしづかみに BLEECKER STREETーSLATE

<コリン・ファースとスタンリー・トゥッチが描くゲイカップルの「最後の旅」は、静かに観客の心を揺さぶる>

俳優のコリン・ファースとスタンリー・トゥッチには、キャリアを積み重ねるうちに、いくつもの共通点が生まれた。愛される人柄、数々の映画賞、SNSの人気者......。

そんな2人が新作『スーパーノヴァ』で、ついにカップルを演じた。最近の世の中ではあまりお目に掛かれない素敵な出来事だ(付け加えれば、過去にゲイの役を演じたことがあるのも2人の共通点)。

20年来のパートナーであるタスカー(トゥッチ)とサム(ファース)は、キャンピングカーでイングランドを旅している。2人の最終目的地は湖水地方。ピアニストのサムはそこでコンサートを行う予定だが、この旅にはもう1つの目的がある。

タスカーは若年性認知症と診断されており、カップルは旅の途中で友人たちや家族と久々に再会を果たす。この旅は、いわば「最後の挨拶回り」なのだ。

タイトルの『スーパーノヴァ』とは「超新星爆発」の意味だから、広大な物語なのかとも思うが、作品世界はとても小さい。ほとんどの場面は、タスカーとサムの二人芝居。おまけに、どんなに美しい場所を訪れても、主な舞台はキャンピングカーの中だ。

この作品はあらゆる点で控えめだが、感情的なインパクトだけは別。キャラクターの内面は、まさに「超新星爆発」のようだ。

沈黙に感情を語らせる

監督・脚本のハリー・マックイーンは、説明を極力そぎ落とす。途中で大きな問題が明らかになり、タスカーとサムが何とか保ってきた危ういバランスが崩れた後、自然な描写に切り替わる。

マックイーンは観客が主演の2人に好感を抱いていることを計算に入れ、その思いをうまく利用する。トゥッチとファースをよく知る人は、すぐにタスカーとサムを応援するだろう。どちらかの大ファンではない観客でも、2人の親密な関係(実際にも友人同士)には心を動かされる。

作品の核心は行動ではなく、感情だ。それぞれの場面は単に物語を進めるためではなく、タスカーとサムの感情を形にするために作られている。数少ない会話には常に目的があり、沈黙の中で展開する場面も多い。キャンピングカーを離れてさまようタスカーをサムが捜すシーンなどは、せりふがほとんどない。

トゥッチもファースも、これまでスクリーンで弱さを見せるのをためらったことはない。この作品では何よりも、感情的な弱さを表現することを求められている。

タスカーとサムには、いいことも悪いことも起きる。そのなかで作品が目指すのは2人の人物描写よりも、彼らが直面する実に困難な出来事を受け止めることだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ハリコフ攻撃、緩衝地帯の設定が目的 制圧計画せずと

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中