最新記事

科学

新薬実験はマウスの代わりに「臓器チップ」で

マイクロチップを使った疑似臓器で新薬試験のコストダウンと信頼性向上を目指す

2015年7月29日(水)17時02分
ジェシカ・ファーガー(ヘルス担当)

夢のツール ハイテクを駆使した「臓器チップ」が新薬開発の頼もしい助っ人に WYSS INSTITUTE/HARVARD

 新薬開発はいばらの道だ。アメリカの場合、新たに開発した薬が臨床試験を経て米食品医薬品局(FDA)に認可されるまでに、15年の歳月と50億ドルの費用が掛かるケースもある。

 その一因となっているのが薬の安全性や効能を確認するための試験ツール。人間での臨床試験に入る前に新薬の安全性や効能を確認する方法は、今のところ主に2つ──培養細胞を使う方法と、ラットやサルなどを使った動物実験だ。しかしこれらの試験では、人間の体内とまったく同じ条件を用意できるわけではない。そのため、人間に投与した場合の安全性や効果を判断しにくい場合もある。

 何とかして新薬試験のコストを削減し、失敗する確率を抑えられないものかと、研究者たちは模索し続けている。そんななかでハーバード大学ウィス研究所の研究者チームは素晴らしい解決策を開発した。人体のさまざまな器官を再現した「臓器チップ」だ。

 臓器チップはUSBフラッシュメモリくらいの大きさ。透明で弾力性のあるポリマー製マイクロチップの上で実際の人間の細胞を培養、人体に近い状態で試験を行うことができる。

 最終的には肺、心臓、腸など人体の10の器官のチップを作製し、それらを血管チャンネルでつないで、ミクロの規模で人体の生体反応をシミュレーションすることを目指す。そうすることで新薬試験のコストを抑え、信頼性を向上させようという狙いだ。

「臓器チップ」の第1号は、08年に作製された肺チップ。チップ上には小さな流体チャンネルが複数ある。それぞれのチャンネルが多孔膜で2つに区切られ、一方にはヒトの肺細胞が、もう一方には毛細血管細胞が並んでいる。肺細胞側に酸素が取り込まれて呼吸を再現する。

 ウィス研究所のドナルド・イングバー創設所長らは、肺チップの肺細胞側にバクテリアを入れて疑似感染させ、毛細血管側に白血球細胞を入れて何が起きるかを観察した。すると白血球が中央の膜を通って肺細胞側に入り込み、バクテリアを攻撃した。これは感染症と闘うヒトの肺の中で起きている免疫反応とまったく同じだ。

 臓器チップのデータはまだ不十分で、信頼性を立証するには至っていない。それでもこれらのチップがラットなど実験動物に取って代わるのは時間の問題だと、イングバーは言う。

 イングバーらの研究チームは、今後2年間で臓器チップの試験を終えて実用化することを目指している。「(FDAから)動物実験と比べて遜色がないと分かれば、実験動物ではなく臓器チップを使って行った試験のデータを認めることも検討する、と言われている」

 製薬会社や患者はもちろん、ラットにとっても朗報かもしれない。

[2015年7月28日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏、聴取録音公開を拒否 記憶力低下指摘の機

ワールド

中ロ首脳会談、対米で結束 包括的戦略パートナー深化

ビジネス

米鉱工業生産、4月製造業は0.3%低下 市場予想下

ビジネス

米4月輸入物価、前月比0.9%上昇 約2年ぶり大幅
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 3

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

  • 4

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 5

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 6

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 7

    2023年の北半球、過去2000年で最も暑い夏──温暖化が…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    仰向けで微動だにせず...食事にありつきたい「演技派…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中