最新記事

経営

労働者の限界生産性を忘れていないか──「日本的経営」再考

2018年5月21日(月)17時30分
松野 弘(千葉大学客員教授)

従業員がその企業に所属することで、経済的基盤が安定し、自らの生活設計も描けるようなマネジメントを行っていくのが経営者の役割である。

ハーバード大学名誉教授エズラ・ヴォーゲルはアメリカ産業の衰退に対して、1975年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン――アメリカへの教訓』(邦訳:広中和歌子他訳、阪急コミュケーションズ、2004年 [1979年のTBSブリタニカ版の復刊] )を刊行し、日本的経営のよさを好意的に紹介した。

ところが、経済のグローバル化が進展してきた1990年代になると、これまでのような「終身雇用」「年功序列」という日本的経営スタイルから、市場のグローバル化に対応した「能力主義」「成果主義」という言葉が日本企業、とりわけ大手企業で強く叫ばれるようになった。富士通(1993年)をはじめとして、三井物産(1990年代後半)、日産自動車(1999年)等で、短期的な成果を社員の昇格や報酬に反映する「成果主義」が導入された。

「成果主義」は社員の業績に応じて、地位や報酬が担保されるので、一時的には、一部の人間にとっては、モラール(勤労意欲)やインセンティヴ(経済的刺激)等の面での向上をもたらす。しかし、(1)成果の査定基準が曖昧、(2)目標設定が低くなる、(3)協力関係の希薄化等の不満が続出し、上記の導入企業も「成果主義」評価システムを次第に廃止していった。

このことは、アメリカ型の短期的な成果主義は組織としての行動や中・長期的な成果を評価する(=年功)「日本的経営」にはそぐわないことを意味するものであった。

日本の企業がこれまでの数多くの不況を乗り越えてこられたのは、アメリカ流のコストカットだけではなく、経営者も従業員も運命共同体として、経費削減・製品のイノベーション・賃下げ等の企業努力に協力してきたからに他ならない。

筆者もかつて、ある大手日本企業のアメリカ工場のマネジメントを担当したことがある。経営者も従業員も自らの報酬をあげることに血眼になっているせいか、協力して仕事をすることを一切しないし、日本企業で技術を身につけた従業員は給料の高い他社へ移籍していくことが当たり前であった。

アメリカ企業のように、経営が悪化したり、破綻したりすると、経営者も従業員もいつクビを切られるかわからないような企業風土の中では、そうした行動をとるのも止むを得ないかもしれない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ソニー、米パラマウントに260億ドルで買収提案 ア

ビジネス

ドル/円、152円台に下落 週初から3%超の円高

ワールド

イスラエルとの貿易全面停止、トルコ ガザの人道状況

ワールド

アングル:1ドルショップに光と陰、犯罪化回避へ米で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中