コラム

「戦後最長の景気拡大」には、どうして好況感が無いのか?

2019年01月31日(木)16時15分

3つ目は、産業構造の変化です。空洞化した自動車産業を抜いて、観光業がGDPへの貢献で首位になった、つまり日本の主要産業になっているそうです。観光というのは極めて労働集約型であり、個々の労働者に知的な高付加価値生産を求める性格の産業ではありません。プラスアルファの経済として上乗せされるのであればともかく、産業としての1人あたりGDPへの貢献は中進国水準以下であり、この産業に高度な教育を受けた労働力を消費している構造はマズいと思います。

ちなみに、これらの問題についてはアベノミクスに「罪」があるわけではありません。別に、円安で海外利益が膨張して見えるから空洞化が加速したわけではないですし、株は仮に円建てだけであっても高いに越したことはないわけです。ですから、「第三の矢」つまり構造改革が遅れている、いや進まないことには問題はあるものの、「第一の矢(円安から株高へ)」と「第二の矢(公共投資)」については失敗とは言えません。

ではどうすれば良いのでしょうか?

これは「第三の矢」を本気で進めることであり、生産性を上げるために仕事の進め方をいったん白紙に戻して改革することです。

具体的には、3つあります。

1つ目は、最先端分野に投資することです。宇宙航空、バイオ、製薬、金融、ソフト、などの分野で「部品産業ではなく最終製造メーカー」としての産業を真剣に立ち上げて、先進国の地位を取り戻すことです。

2つ目は、そのために国際的な人材マーケットに日本の労働市場を全面的に接続することです。企業共同体への帰属構成員という性格の労働者を絶無として、高生産性の専門職を育成し活用すること、同時に欧州やアジアに何もかもを奪われないうちに、社会を準英語圏にすることです。

3つ目は、そのための「リスクマネー」を引っ張ってくることです。国内にいくら個人金融資産があると言っても、高齢者の年金資産の場合はリスク投資には向きません。これに文句を言っても仕方がないので、リスクマネーを海外から引っ張ってくるしかないと思います。その結果として、価値のある部分が全部買われてしまうことのないように細心の注意が必要ですし、失敗すれば国の衰退は加速するでしょう。ですが、高度な教育を受けた人口がまだ厚く残っているうちに、思い切った投資を呼び込んで社会を改革しなければ、このまま本当に日本は衰退国家になってしまいます。

「戦後最長」はちっとも自慢になりません。そうかと言ってアベノミクスが悪いわけではありません。空洞化と産業構造の劣化を見つめて、根本からの構造改革をしなくては、好況感が全国に行き渡ることはないでしょう。

一つ提言ですが、多国籍企業の海外での収益はGDPとは無関係なのですから、この種の「景気判断」に入れる割合を低めないと政策判断を誤るのではないかと思います。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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