コラム

トヨタと日本は「トランプ砲」に振り回されるな

2017年01月10日(火)18時15分

 アメリカでは、景気回復の継続により若者の雇用が回復しています。アメリカ社会では、NYやシカゴなどの大都市圏を別にすれば、就職と同時に自動車が必要になります。ですが、必ずしも「雇用の質」が確保できない状況では、若者が中型車を買うのは難しいわけです。ですから、思いきって新車をローンまたはリースで手に入れるにしても「コンパクト」になります。

 そこで台数の需要はあるわけですが、問題は価格です。若者市場の場合は、アメリカの場合もデフレ要因はあるわけで、価格は非常に重要になります。ですから、少しでもコストダウンをして同じ値段でも付加価値を高めるとか、あるいは思い切って値下げするということが、ビジネス戦略上重要になります。この点については、妥協は難しいと思います。

 これに加えてトヨタの場合、100%トランプ氏の意向に沿うことがマーケティング上で得策であるかは分かりません。例えばドル箱の「プリウス」はハイブリッドですし、水素自動車やEVの推進ということで言えば、温暖化否定論のトランプ陣営との相性は悪いわけです。

 もっと言えば、北米のトヨタファンの中には、環境問題に熱心な層が多いわけですし、その多くはトランプ氏を支持しないどころか、敵視しているとも言えます。そんな中で、特に北米の本社、そして販社にとっての最善手は「トランプ氏への屈服」とは限らないとも言えます。

【参考記事】トランプ政権誕生で2017年は貿易摩擦再来の年になる?

 そのような複雑な事情の中で、北米のトヨタはビジネスをしているわけです。ですから、「トランプ砲」に驚いて、日本の首相官邸が反応したり、あるいは、愛知県の大村知事が現地20日の「トランプ大統領就任式」に出席しがてら「共和党関係者らに関係改善を促したい考え」で会談を調整したりしているそうですが、こうした「日本側の援護射撃」というのは、余り効果的ではないと思います。

 この問題でトヨタは、あくまで北米の事業者として、フォード、GMと同列に批判されているだけです。そこへ「外国」の官邸や県知事が動くというのは、かえって「外国企業」ということになって、事態を複雑化させる心配もあるからです。

 何しろ、トランプ氏の「私的ツイート」で世界中を右往左往させるのは、19日までです。20日の就任式以降、トランプ氏は合衆国大統領になるのですから、憲法と法律の範囲で行政権を行使する「全く別のゲームのルール」に従ってもらわねばなりません。

 例えば、通商問題に関しては、国としての通商政策があり、関連法規があって、具体的なアクションがあるという順番を踏んでもらわなくては、民主国家、法治国家の大統領とは言えないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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