コラム

企業スキャンダルの温床はどこにあるのか?

2011年10月28日(金)11時48分

 その後、大王製紙の事件は前会長のカジノでの損失が原因ということで、会社が前会長を刑事告訴することになり方向性が見えてきました。一方で、オリンパスの事件は、社長がクルクル交代する中で、巨額の買収劇と買収手数料の支払い、そして買収した企業の価値の減損処理という奇怪な動きに対するストレートな説明はまだ出てきていません。その一方で、米英の当局が調査に乗り出したという報道もあります。

 ところで、このオリンパスの問題ですが、前回この欄でお話したような事件性の疑惑、例えば「脅されていた」「癒着していた」「騙された」という理解とは次元の違う解説もあるようです。ネット上の匿名記事(複数)によれば、総額1200億という巨大な損失は、個人的な私利私欲を動機とした事件性としては説明がつかないスケールだという前提で、バブル崩壊以来の20年間延々と「飛ばし」や「先送り」のされた投資損失を、今回は「M&Aの失敗」という口実で表面化させ処理したというストーリーが描けるというのです。

 いわば「損失のロンダリング」とでも言うべき話ですが、日本人の投資銀行家が介在していたこと、その場合には税務問題が一番のネックとなりそうな中で、ケイマン諸島という租税回避地が舞台になっていることなどから、仮説の域を出ないにしてもある種の説得力はあると言えます。もしかしたら、日本時間の27日に株価が買い戻されたのには、オリンパスが記者会見で疑惑を否定したことが受け入れられたというよりも、この種の「解説」の口コミ効果があったのかもしれません。

 つまり、現在の世代の経営陣がミスもしくは故意に大きな損失を計上したというのではなく、何代にも渡って経営の中で引き継がれてきた暗部が陽の目を見ただけであれば、スキャンダル性は薄れるという心証が、市場には漠然とあったのではという推測です。仮にそうだとすれば、甘いと言わざるを得ません。悪意は薄いとしても、20年に渡って企業の価値を偽ってきたのであれば、投資家や社会に対する背信行為の累積額はやはり巨大なものとなるからです。

 いずれにしても、オリンパスが世界の投資家とユーザーから信頼を回復するには、徹底的な事実の究明と開示しかないと思われます。

 では、このオリンパスの問題(真相はまだ不明ですが)にしても、大王製紙の問題にしても、こうした問題を生む温床というのは、どこにあるのでしょうか?

 ここ数日、良く言われているのは企業統治の問題だという理解です。終身雇用制が残る現在の日本の大企業では、その終身雇用制の中で社内的な権力を築いた経営陣に対して、共同体意識を強く持つ集団内ではキチンとしたチェックが働かないという解説です。確かにそうした問題はあると思います。

 では、どうしたら良いのでしょうか? だからと言って、終身雇用制が終わるのを待つというのは気の遠くなるような話ですし、利害関係のない公的な存在に企業の監査をさせるというのもムリだと思います。

 そんな中、黒船を待つという考え方を取る人も多いようです。確かに、IFRS(国際会計基準)を厳格に適用するとか、TPPを発展させて外国の弁護士や会計士がどんどん日本企業の中に入ってくるようになれば、透明性が高まるだろうという考え方も分かります。ガイアツ頼みというのは態度としては邪道かもしれませんが、それだけの危機感を持っているというのは悪いことではないからです。

 ただ、この問題はもう少し実務的な話として考えていくのがいいのではないか、私はそう考える者です。実務的というのは具体的には、会計や経営内容の開示についてスピードアップを図るということです。現在の日本では、会計年度が終わってから決算短信を出すまで「45日」が標準になっています。これは遅すぎます。そもそも、売上と費用の基準が正確に決まっており、日々の会計処理が適正に行われていれば、決算の際にジタバタしないで済むはずです。45日などという期間でも構わないと甘やかす中で、それこそ「ジタバタ」と数字の「お化粧」ができてしまうのです。

 スピードということでは、今回のオリンパスや大王製紙の場合がそうですが、とにかく何か問題が発生したら開示をするというスピード感をもっともっと要求しなくてはならないと思います。インサイダー取引の問題も「情報管理を徹底する」だけでなく「本質的な変化が起きたら間髪を入れずに発表する」というスピード感でかなり防げるはずです。

 こう申し上げると、日本の企業はただでさえ時間との戦いで労働時間が長くなっているのに、その上に迅速な処理を要求されたらパンクするという反論が来るかもしれません。ですが、決算に伴う作業というのは、合法・脱法・違法に関わらず、ほとんどが「ジタバタ」なのです。適法な範囲で数字をよく見せたいという「ネバネバした政治的判断」の問題、そこに日本企業の非効率性と、場合によってはブラック性を生む温床があるのであれば、スピードアップは効果があると思います。

 更に決算をスピードアップするためには、経理部門だけでなく現場でもバランスシート感覚のある経営が必要になってきます。今までは、多くの日本の企業の場合、現場では損益を中心とした経営感覚が支配していましたが、そこにバランスシートの感覚を持ち込むことで、企業全体の経営感覚の向上と、結果的には経理部や経営中枢へのチェック機能が生まれるのではと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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