コラム

60年代のル・マンをめぐる実話『フォードvsフェラーリ』が描く米と欧州の違い

2020年01月09日(木)16時45分

『フォードvsフェラーリ』(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

<60年代のル・マン24時間耐久レースの実話に基づいた『フォードvsフェラーリ』が示しているもの ......>

1960年代半ば、フォードとフェラーリは、ル・マン24時間耐久レースを舞台に熾烈な覇権争いを繰り広げた。ジェームズ・マンゴールド監督『フォードvsフェラーリ』は、その実話に基づいている。

物語は、フォードとフェラーリの間に確執が生じるところから始まる。フォードのマーケティング及びセールスの責任者リー・アイアコッカは、ベビーブーマーの若者たちのニーズに応える新しいクルマを売るために、他のどのレースよりも宣伝効果があるル・マンに目をつける。手っ取り早いのは、ル・マンの王者で、資金難に陥っていたフェラーリを買収することだった。

その契約は成立するかに見えたが、レーシングチームの絶対的な独立性を保持できないことを知った創業者エンツォ・フェラーリが、態度を硬化させ、交渉は決裂。アイアコッカがその場で屈辱的な言葉を浴びせられたことを知った会長のヘンリー・フォード2世は激怒し、フェラーリを倒すために新たなレーシングカーを作るように命じる。

しかし、これまでレースに消極的だったフォードにはノウハウがない。そこで白羽の矢が立ったのが、アメリカ人レーサーとしてル・マンで優勝した経験を持ち、気鋭のカーデザイナーとして注目を浴びていたキャロル・シェルビーだった。シェルビーはその無謀な計画に、型破りだが凄腕のイギリス人ドライバー、ケン・マイルズを引き込み、試行錯誤を重ねていく。そしてふたりは、66年のル・マンで、6連覇中の王者フェラーリに挑むことになる。

クルマは大西洋を挟んで2種類の異なる種に進化していった

本作は、ジャーナリストのA・J・ベイムが書いた『フォードVSフェラーリ 伝説のル・マン』のことを知っておくとより深く楽しめる。最初にこのノンフィクションを映画化する企画があったが、そちらは実現せず、同じ題材を異なる切り口から描く本作が誕生したという経緯がある。

oba20190109b.jpg『フォードVSフェラーリ 伝説のル・マン 黄金の60年代----自動車王たちの覇権争奪』A・J・ベイム 赤井邦彦・松島美恵子訳(祥伝社、2010年)

ベイムのノンフィクションでは、66年のル・マンというクライマックスに向かって、フォードとフェラーリの状況が交互に描き出される。それに対して本作では、シェルビーとマイルズの信頼関係を軸として、彼らとフォード2世、アイアコッカ、そしてレーシング部門責任者レオ・ビーブらとの複雑な関係が描かれる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア軍の上陸艇を撃破...夜間攻撃の一部始終

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 6

    「未来の女王」ベルギー・エリザベート王女がハーバー…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    「私は妊娠した」ヤリたいだけの男もたくさんいる「…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story