コラム

異才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督独自の世界が切り拓かれた:『ブレードランナー 2049』

2017年10月26日(木)14時00分

それに続く長編作品では、事故や事件を経験することが、主人公のその後にどのような影響を及ぼすのかが描き出される。長編デビュー作の『August 32nd on Earth(英題)』(98)では、居眠り運転による事故で九死に一生を得た若いファッションモデルが、突然キャリアを捨て、出産願望にとらわれ、親友に協力を求める。彼女はその親友が出した交換条件を受け入れ、ふたりは無人の砂漠に旅立つ。2作目の『渦』(00)では、資金難に陥り、しかも中絶手術を受けたばかりで不安定になっている若い女性企業家が、轢き逃げをしてしまう。そして、被害者が死亡したことを知り、罪悪感に苛まれながらとる行動が、彼女の運命を大きく変えていく。

ここで見逃せないのは、どちらの作品も主人公が女性であることだ。実は、ヴィルヌーヴのカナダ時代の長編では、みな女性が中心に据えられている。

89年に起きたモントリオール理工科大学虐殺事件に基づく3作目の『静かなる叫び』(09)でも、女性のキャラクターに対する視点が際立つ。題材は、フェミニズムを敵視する若者が、武装して大学に侵入し、学生を男子と女子を分け、女子を銃撃した事件であり、映画でも事件に至る犯人の行動が描かれる。だが、ヴィルヌーヴが関心を持っているのは、事件を生き延びたふたりの学生のその後だ。犯人の指示に従わざるを得なかった男子学生は、罪悪感に苛まれ、後に自ら命を絶つ。キャリア志向だった女子学生は、妊娠を知ったこともあり、悪夢を引きずりながらも前を向こうとする。

そして、ヴィルヌーヴのこうした積み重ねが『灼熱の魂』(10)に集約される。この映画では、亡き母親の奇妙な遺言によって、死んだと聞かされていた父親とその存在すら知らなかった兄に宛てた手紙を託された双子の姉弟が、中東の国へと旅立ち、母親の過去をたどり、深い悲しみに満ちた真実に至る。そんな物語を通して、記憶や過去の力が重層的に掘り下げられていく。

過去や野望を結びつく女性の存在

ヴィルヌーヴの独自の視点や世界観は、アメリカに進出した後の作品にも反映されているが、特に前作『メッセージ』とこの新作では、それが鮮明になっている。『メッセージ』の主人公である言語学者は、エイリアンとコミュニケートすることによって、時間の呪縛を解かれるだけではなく、母親としての視点も獲得する。

一方、『ブレードランナー 2049』は、『灼熱の魂』のSF版と見ることもできる。『灼熱の魂』では、双子の姉弟が空白の過去を埋めていくことが、それぞれのイニシエーション(通過儀礼)になる。ブレードランナーのKにもそれが当てはまる。

この映画は、Kやデッカード、新型レプリカントの創造者ウォレスなど、主要なキャラクターが男性で占められているように見えるが、彼らが背負う過去や野望は、女性の存在と深く結びついている。だから、骨の秘密が解き明かされていくとき、私たちは、彼らを動かし、あるいは導いていたのが女性だったことに気づく。この映画には、『ブレードランナー』とは違う、ヴィルヌーヴ独自の世界が切り拓かれている。


『ブレードランナー 2049』
公開: 10月27日(金) 全国ロードショー

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独メルセデス、米アラバマ州工場の労働者が労組結成を

ビジネス

中国人民元建て債、4月も海外勢保有拡大 国債は減少

ビジネス

米金融当局、銀行規制強化案を再考 資本上積み半減も

ワールド

北朝鮮、核抑止態勢向上へ 米の臨界前核実験受け=K
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story