コラム

米経済学者のアドバイスがほとんど誤っている理由

2016年10月02日(日)22時06分

 だから、ベン・バーナンキFED議長でさえ(ノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマンでさえ?)、ヘリコプターマネーなどという、奇策を議論してみているのだ。もちろん思考実験であって、実行を考えているまともな人はいないはずだが、興奮しすぎた学者は何をしでかすかわからないところもある。まあ、理解せずにやってしまう政治家よりはましだが、それをもたらすかもしれない思考実験は危険なので、個人的には控えた方がよいと思う。

 第四に、アドバイザーの誤謬だ。

 アドバイスをするからには、取り入れられるために、あるいは自分が取り立てられたいために、さらには、取り立てられなかった恨みを晴らすために、目立つ必要がある。そのとき、これで一気解決、という処方箋を提示したくなる。

 これは人情としてはわかるが最も迷惑な話だ。自己の欲望のために、日本経済を犠牲にされてはかなわない。

 第四の要素は、日本にいる経済学者の方が強いのであるが、第三と第四の要素は、自己の欲望であるために、米国のことになれば、まともな学者のピアプレッシャーもあるため、ある程度自粛される(恨みを晴らすためのクルーグマンは別だが)。日本のことならお気楽に話せるということだ。

***

 少し具体的に議論しよう。

 日銀の今回の金融政策への批判を行っているある学者の提言は、賃金を一律10%上げるように政府が強制しろ、というものである。目を疑った。その学者は、成長戦略が大事だから、規制緩和をしろ、というのが結論としての提言なのだが、規制が経済を阻害するなら、強制的な賃金上昇は、経済を破壊する。全部上げれば中立的だ、という幻想、机上の空論を言っているのに気づかないのは、確信犯なのか。

 もし確信犯でないとすれば、知的好奇心の誤謬に陥っているのであり、どうしてもインフレにならない、それならインフレにする理論的な提言をしよう、ということなのだろう。

無理に賃上げをすれば店員が消える

 しかし、もちろん、現実的には、実行不可能であるし(実行不可能な政策提言というのは非常に便利だ、実行されないから誤りが明らかにならない。しかし、そう思っていたら、リフレ政策も実行されたし、ヘリコプターマネーのリスクまで出てきた)、短期的な景気も、長期的な成長力も悪化させ、経済を破壊する政策であるが、物価が上がれば何でもよい、物価を上げることだけが目的ならば、確かに、その狭い目的には適合的な政策提言であろう。学生の政策提言コンテストなら佳作ぐらいにはなりそうだ。

 もちろん、これは理論的にも誤りで、インフレにはなるが、経済は破綻する。賃金を無理に上げれば、人から機械、AIに置き換える、という供給側の対応により、失業率は急上昇し、需要サイドからいけば、人々は人件費がかからないサービスに移行するだろう。スターバックスに行くのは夢のまた夢となり、セブンイレブンのコーヒーを飲むことになろう。ローソンも店員がいれるのではなく、セルフに移行するだろう。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英軍個人情報に不正アクセス、スナク氏「悪意ある人物

ワールド

プーチン大統領、通算5期目始動 西側との核協議に前

ワールド

ロシア裁判所、JPモルガンとコメルツ銀の資産差し押

ビジネス

UBS、クレディS買収以来初の四半期黒字 自社株買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「ハイヒールが効率的な歩行に役立つ」という最新研究

  • 8

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 9

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 10

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story