コラム

インドの闇を象徴する世界一の彫像──日本メディアに問われるもの

2018年11月12日(月)13時18分

それにつれ、ヒンドゥー教徒とムスリムの間の衝突や暴動も増えており、インド政府の統計によると2015年に751件だった「共同体の事件」は、2017年には822件にまで増加した。

ヘイトを黙認するインド政府

さらに問題なのは、インド政府がこれらを半ば野放しにしていることだ。

モディ首相には、グジャラート州知事だった2002年にヒンドゥー教徒の暴動で1000人以上が死亡する事件が発生した際、十分な対策をとらなかったとして、アメリカ政府から入国ビザの発給を停止された経緯がある(首相になって初めて解除された)。

これに関して、モディ首相は未だに「何も悪いことはしていない」と主張しているが、モディ政権を支える与党BJPからは、より直接的にムスリム排除を訴える声さえ出始めている。

2月、BJP議員ヴィナイ・カティヤ氏はヒンドゥー教徒とムスリムの衝突に関連して、「なぜムスリムがインドにいるんだ?」、「ムスリムはこの国にいるべきじゃない」と発言。歴史の経緯を無視し、ムスリム迫害を正当化することは、関与の程度や犠牲者の数に差はあっても、ミャンマー政府によるロヒンギャ迫害と同じ構図だ。

そのため、警察がしばしばムスリムの畜産業者をリンチした側より被害者の違法行為(牛の屠畜・輸送)の捜査を優先させ、ヒンドゥー至上主義団体RSSが「牛を密輸し、ジハードを愛する者に対抗するため」自警団を拡充するのを黙認しているとして、ヒューマン・ライツ・ウォッチは「少数派を襲撃から守るつもりがない」とインド政府を糾弾している。

日本メディアの静けさ

こうしてみたとき、ヒンドゥー・ナショナリズムのスターであるパテルの像の建立はインドの闇をも象徴するが、その完成が日本メディアでほとんど報じられなかったことには、違和感を禁じ得ない。

一般的に国際ニュースへの関心が高くないことは日ごろ筆者も感じることだが、それでも冒頭に述べたように、「世界一」の冠は人目を引くはずだ。さらに、カレーや「象の花子」に馴染みがあるだけでなく、日本人の48パーセントはインドが「10年前より大きな役割を国際的に果たしている」と感じている(ピュー・リサーチ・センター)。

それにもかかわらず、不自然なほど日本メディアが静かだったパテル像の完成は、ちょうど10月28、29日に来日したモディ首相を安倍首相が異例の「別荘外交」で遇したタイミングとほぼ一致する。日本政府は中国とのバランス上、中国と領土問題などを抱えるインドとの関係強化に取り組んでおり、モディ首相の来日に合わせて、経済連携を強化したい経団連も歓迎昼食会を開催した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story