コラム

トランプ政権が米朝首脳会談の開催を焦った理由──北朝鮮の「粘り勝ち」

2018年06月04日(月)18時50分

北朝鮮の金英哲氏をホワイトハウスに迎えたトランプ大統領(2018年6月1日) Leah Millis-REUTERS


・米朝首脳会談が開催されなかった場合、北朝鮮だけでなく、米国も大きなダメージを受けていた

・トランプ大統領は、米朝首脳会談の開催をこれ以上引き延ばせないなかで、「最大限の圧力」や「短期間での非核化」を放棄した

・米朝首脳会談が短期間のうちに成果を出すと想定することはできないが、それでもトランプ政権にとっては大きなトロフィーが残る

米国トランプ大統領は6月1日、米朝首脳会談を6月12日にシンガポールで開催すると明言したうえで、「最大限の圧力という言葉をもう使いたくない」と発言。さらに同日、朝鮮労働党の金英哲副委員長とホワイトハウスで会談した際には「時間をかけて構わない」とも述べています。

これらの発言からは、少なくとも現段階において、圧力より協議を優先させるトランプ氏の姿勢をうかがえます。さらに、これまで強調してきた「完全かつ検証可能、不可逆的な非核化(CVID)」の一本やりではなく、北朝鮮の求める「段階的な非核化」を考慮に入れても構わない、というメッセージも読み取れます。

5月末から米朝首脳会談の会談そのものが二転三転した先に出てきた今回の方針転換には、いかにも唐突な印象があるかもしれません。しかし、「予定されていた6月に米朝首脳会談が行われない場合、被るダメージは北朝鮮よりむしろ米国の方が大きい」ことに鑑みれば、この方針転換は不思議ではありません

問題の構造は1ミリも動いていない

米朝首脳会談をめぐっては、双方の駆け引きの一つ一つに目を奪われがちです。しかし、問題の構造そのものは2月に韓国政府が平昌五輪の機会をつかまえて南北会談をスタートさせた頃から、あるいはそれ以前から、何も変わっていません

米国にとって最大の懸案は、北朝鮮が米国を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)をもつことです。言い換えると、体制の保証や、短・中距離ミサイルの開発・保有、拉致問題を含む人権問題などは、トランプ政権にとって「自分の問題」ではなく、優先順位の低い、譲歩して構わない問題です。

逆に、北朝鮮にとって最大の関心事は体制の保証にあります。ただし、米国を信用できない以上、その言いなりになって核・ミサイルを一度に放棄することは、北朝鮮にとって自殺行為になりかねません。だからこそ、圧力を受ければ受けるほど、北朝鮮にとって核・ミサイルの重要性は増してきました。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story