コラム

カジノ誘致を阻止した保守の重鎮と主権在民 映画『ハマのドン』に見るこの国の行方

2023年05月16日(火)16時15分
ハマのドン

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<自民党歴代首相経験者や山口組などとも深いつながりがあり、保守の重鎮だった藤木幸夫はカジノを推進する自民党政権に反旗を翻す。テレビ版より明らかに進化した本作を見て考えるのは──>

テレビ局が放送した番組を映画化する。そんな例が最近は増えた。『ハマのドン』も、1年前に放送されたテレビ版は見ている。それが映画になって尺はほぼ倍になった。

僕の現在の肩書は「映画監督・作家」だけど、そもそもはテレビディレクターだった。でもテレビ局から撮影中の作品の放送を拒絶されて契約も解除され、一人になってやむなく自主制作映画を選択した。

このとき排除された『A』が映画デビュー作となった自分としては、テレビ番組を映画としてリメークすることが頻繁になった今の傾向に、どうしても違和感を払拭できない。いい身分だよな。後ろ盾は大きいし毎日の生活に不安はない。もちろん秀作はある。でも駄作も多い。尺を伸ばしただけだ。映画はテレビを補完するためにあるのではない。

そんな愚痴とも繰り言ともつかないことを思いながら見始めて数分後、僕は膝を正していた。妬みや嫉(そね)みは霧散した。明らかにテレビ版より進化している。放送後に追撮した新たな要素が、テーマの陰影をさらに深めて強化している。

横浜港湾の荷役を束ねて「ハマのドン」と呼ばれる藤木幸夫は、自民党歴代首相経験者や山口組などとも深いつながりがあり、政治力は自他共に認める存在だ。その91年間の生涯と横浜港のこれまでの軌跡に、戦中から戦後に至る日本の歴史が重なる。しかし保守の重鎮だった藤木は、カジノを推進する自民党政権に対して真っ向から反旗を翻す。理由は「ばくちは人を不幸にする」から。

さらに藤木は、今の時代は戦前の「ものを言えない空気」に似てきたと警鐘を鳴らしながら、市民たちと連帯し、かつての盟友だった菅義偉首相(当時)と全面対決する。

監督はテレビ朝日「報道ステーション」の元プロデューサーの松原文枝。2016年、改憲を目指す安倍政権が緊急事態条項の創設を画策したとき、ナチス台頭の過程との類似点を番組で指摘し話題になった人物だ。政権に批判的な姿勢から、19年に報道局を外された(と噂される)。

東海テレビの阿武野勝彦チームは例外としても、『教育と愛国』の斉加尚代や『標的の村』の三上智恵、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』の平良いずみなど、映画で成功したテレビディレクターは女性が多い。

だから女性のほうが男性よりも優れているなどと短絡するつもりはない。優秀な男もいれば優秀な女もいる。性差は関係ない。場と機会が与えられるかどうかの違いだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ワールド

再送-バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大す

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も

ビジネス

米ホーム・デポ、売上高が予想以上に減少 高額商品が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story