コラム

IR実施法成立、だがギャンブル依存症が最も恐ろしいのはカジノではない

2018年07月26日(木)19時45分

「4年前のことでした。会計士として周囲からも信頼されていた父が帰宅して『明日、裁判所に行く』と言いました。翌日、弁護士から自宅に電話がかかってきました」

デービッドさんはオンラインのスロットマシンにのめり込み、こっそり自宅を担保に入れて50万ポンド(約7300万円)の借金を作っていた。父親は勤め先から5万ポンドを盗んだ罪に問われたのだ。

英国内のオンラインカジノは533もあり、収益はダントツの47億2200万ポンド(6894億円)だ。

英国のギャンブル依存症は大人に限らず、11~16歳の12%が「過去1週間のうちに自分のカネをギャンブルに使った」と賭博委の調査に答えている。

kimura180726-3.jpg
保守党から賭博ゲーム機の賭け金引き下げを書簡で知らされたアダムさん(左)とデービットさん(アダムさん提供)

アダムさんはデービッドさんと一緒にギャンブル依存症の恐ろしさを訴え、賭博ゲーム機の賭け金を1回100ポンドから2ポンドに引き下げることに成功した。

賭博委によると、ギャンブルにより生活に支障を来たしている「問題賭博者」は12年の28万人から15年には43万人に激増。「ギャンブル依存症の500人に1人は深刻な問題を抱えている」とアダムさんは言う。

「2005年の賭博規制緩和の見直しが長い間、行われず、被害を広げてしまった。ギャンブル産業と政界のつながりが背景にはある」。オンライン賭博の広告はTVで四六時中、流され、英国で完全に市民権を得た。

危機は目の前にある

安倍首相がIR実施法成立を急いだ背景に、米カジノ業界に近いトランプ米政権の影を指摘する報道もある。

厚生労働省は昨年9月、ギャンブル依存症の疑いがある人は全国に70万人との推計を発表した。生涯のうち一度でも依存症だった疑いのある人は320万人。

1カ月の賭け金は平均5.8万円で、8割がパチンコ・パチスロに最もお金を使っていた。

カジノを含む統合型リゾートがどれだけインバウンドの集客につながるかを論ずるのは「捕らぬ狸の皮算用」だ。カジノの功罪を論じる前に日本は目の前のギャンブル依存症対策を進めるべきだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story