コラム

新型コロナでは説明できない社会の地殻変動が始まった

2021年01月12日(火)17時30分

中世のペスト禍はヨーロッパの封建制度を終わらせた ULLSTEIN BILD/GETTY IMAGES

<ペスト禍は社会構造を変えた。コロナも世界を変えつつあるが、新時代は感染症と関係なくもたらされている>

新年早々、新型コロナウイルスでまた緊急事態宣言だ。この疫病はまるで戦争のように有無を言わさない。

ただ有無を言わさぬ疫病と言えば、中世欧州のペストに勝るものはない。1347年から数波にわたって欧州を襲ったペストは、同地の人口の実に3分の1から3分の2を亡き者にした。こんなに人がいなくなったら、社会・経済はとても回らないと普通は思う。だが歴史は逆に動いたようだ。

人口激減で農民の取り分や職人の賃金が上がり、多額の遺産が少数の生存者に残された。そして地価下落などで新たなビジネスチャンスが生まれ、社会の流動性が増す。

そのなかで農村から都市に進出して流通・金融で財を成したフィレンツェのメディチ家などは、富と地位を誇示するために文化人士を重用、ルネサンスの華が咲く。そして何より、国王─領主─農民という支配構造の中で領主が弱体化したことは、ヨーロッパを中世の封建制から近世の集権制へと向かわせた。

こうしてペストがヨーロッパの中世を終わらせ、ルネサンスを導いたのなら、現代のコロナは何を終わらせ、何を導くのか。トランプ米政権を終わらせ、「テレワーク」の時代を導く? それはそのとおり。

しかし仕事が全てテレワークで済むとは思わない。もっと大きい、時代の変わり目のようなものを、コロナはもたらし得るのか?

ペストとコロナの差は死者の数にある。ペストは労働力を奪うことで社会の変動をもたらしたが、コロナでは幸いそこまではいかない。むしろ人もカネも、出番を待ってうずうずしている。そしてよく見ると、世界ではコロナとは無関係に何か大きな変化が起きている。コロナ禍のトンネルを抜けると、急に時代が変わってしまった、ということになりそうだ。

まず、先進国では企業のマインドが一変する。アメリカでは、企業が賃金を抑制し、政治家を使って法人税の大幅切り下げを実現したせいで中産階級が窮乏化し、ファシズムばりのポピュリズム政治やソ連のような強権による分配を容認する傾向を生んだことへの反省が強い。

アメリカの経団連に相当するビジネスラウンドテーブルが2019年に出した「企業の目的に関する声明」は、企業に社会的責任や社員の福利厚生も重視せよと説き、日欧の企業も巻き込みつつある。これは賃金水準を高めることで、これまで先進国の経済停滞をもたらした大衆レベルでの消費の低迷を変えるかもしれない。分配が少しでも公平になれば、不満層がファシズムや社会主義独裁に走ることもなくなる。

また、化石燃料から再生可能エネルギー使用への転換で新たな投資ブームが起きつつあるが、これも社会の益になることが企業の利益にもなるという良循環を生むだろう。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story