コラム

まだ終わっていない──ラッカ陥落で始まる「沈黙の内戦」

2017年11月08日(水)11時57分

ISの占領が終わったラッカに「新たな占領者」

アレッポ東部の包囲攻撃は、政権軍による侵攻と制圧によって終わりを告げた。しかし、シリア内戦は終わらず、かつてバナが陥った苦境は、東グータなどまだシリアの反体制地域の至るところにある。

その中でも、5年に及ぶ東グータ地区の包囲攻撃と、住民の苦境をいかに軽減し、終わらせるかは、国際社会にとって最大の課題となる。それによってロシアが主導する「安全地帯」を設置する和平プランの有効性も試されることになる。

しかし、シリア内戦に対する世界の関心が低下していることから、市民の悲惨な状況がメディアに載らなくなれば、アサド政権やロシア政府に対する和平圧力も弱くなり、市民の苦境と悲劇は国際社会の沈黙の下で続くことになる。

なお、米国の援護を受けたクルド人主体のシリア民主軍(SDF)によるラッカ制圧については、ラッカの市民ジャーナリスト組織サイト「沈黙のラッカ虐殺」の報道の流れによって、何が起こっているかは見えてくる。

このサイトは2014年4月にシリア人の市民ジャーナリスト17人によって秘密裏に創設され、IS支配地域でのISによる人権侵害を報じてきた。2016年11月に米軍・有志連合によるラッカ市街地への侵攻作戦が始まってからは、米軍・有志連合の無差別空爆を批判的に取り上げる報道が増えた。

SDFによるラッカ市街地への侵攻作戦が始まった今年6月には、米軍・有志連合の無差別空爆をこう非難した。

「ラッカ市は市を支配しようとして焦土作戦を行う有志連合とその同盟者(=シリア民主軍)による組織的な破壊を受けている。民間人に対するあらゆる人権侵害に対しても、ごくわずか、もしくは全く非難を受けることはない。そのような行動がISと戦うという口実の下に行われている」

シリア人権ネットワーク(SNHR)はシリア内戦での市民の死者を集計しているが、今年の5月と8月は、米軍・有志連合の空爆による民間人の死者がアサド政権軍による死者よりも多く、軍事勢力の中で最多となった。SNHRのリポートは「有志連合は政権軍やイスラム過激派よりも多くの民間人を殺害」という見出しをつけた。

「沈黙のラッカ虐殺」サイトは、ラッカ陥落の後、10月25日付で「シリア民主軍(SDF)によるISへの報復と民間住居の略奪」と題して、「SDFがラッカに侵攻して以来、運び出して売ることができるすべての物に対する組織的な略奪が続いている」という現地の混乱ぶりを伝えている。

さらにサイトのフェイスブック・ぺージの中央にアラビア語で「ラッカの新たな占領」と書き、右にISの写真、左にクルド人組織の写真を組んで、ISの占領が終わり、クルド人の占領が始まったことを表現した。

kawakami171108-3.jpg

ラッカの市民ジャーナリスト組織サイト「沈黙のラッカ虐殺」のフェイスブック・ページ。「新たな占領」としてクルド人組織の写真を出した

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米5月住宅建設業者指数45に低下、1月以来の低水準

ビジネス

米企業在庫、3月は0.1%減 市場予想に一致

ワールド

シンガポール、20年ぶりに新首相就任 

ワールド

米、ウクライナに20億ドルの追加軍事支援 防衛事業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story