コラム

スポーツを侵食する新時代ギャンブル

2017年08月25日(金)14時30分

彼らも賭けをやっていた。まるで彼らは、僕と違う試合を観戦しているかのようだった。僕はアーセナルがシーズン開幕戦を勝利で飾れるかどうかを見ていた。彼らが見ていたのは、賭けが当たるかどうかだった。

今の時代のギャンブルは、驚くほど多くの賭けの種類がある。従来のような「アーセナルが勝つか」だけでなく、最初に得点する選手は誰か、前半戦のスコアはどうなるか、1試合で2ゴール以上になるかならないか、最終的なスコアはどうなるか......という具合だ。

後ろにいた男たちの1人は大声で、「両チームが前半と後半で得点する」のに賭けておけばよかった、と嘆いていた。実際、そういう試合展開になったのだ(「オッズは16倍だったのに!」と、その男は悔しそうにまた言った)。

オッズはゲームが展開するにつれて変わる。例えばこの試合は、両チームとも前半20分までに得点したので、「16倍」もその時点で変わっていただろう。つまり、前半と後半の両方で得点する確率がぐっと高まったから、オッズが下がるというわけだ。ある選手の調子が悪そうだったとしたら、彼が得点するオッズは上がる可能性がある。両チームともディフェンスがお粗末だったら、1試合で計5ゴール以上というオッズは下がるだろう。

こんな具合に「ライブ中継」システムの中で、欲深いギャンブラーたちにはさまざまな賭けが提供される。まだ試合の途中なのに「配当を得る」こともできる(例えば今のところ「勝って」いるけれど、次のゴールで全てパアになるかもしれないので、途中でやめて少なめの配当金をもらったりする)。

【参考記事】アメリカの部活動は、なぜ「ブラック化」しないのか

海を超えてJ2に賭けるイギリス人

僕の理解では、ギャンブラーの心理というのは、自分の予想が当たった時に満足感を得られる、というものらしい。彼らは派手に勝った記憶は永遠に忘れず、それまで何カ月も少しずつ負け続けてはその何倍ものカネを失っていたことは忘れてしまうので、その後の何カ月もまた、同じ失敗を繰り返して賭けては負け続ける。

そして彼らは、どんな勝利でも喜びを得る。アーセナル対レスター戦で「両チームとも得点する」に賭けた人間は、両チームとも得点力があることを見抜いていたから賭けたんだ、と胸を張るだろう。

その人が、同じ試合で他にも複数の賭けをしていて、そちらで負けたとしてもきれいに忘れてしまうだろう。例えばレスターで今季初ゴールを決めるのはバーディーと予想し(実際は岡崎真司選手)、試合はアーセナルが3-2で勝つと予想していたかもしれない(実際は4-2)。

つまり、1試合でトータルで見ればカネを失ったにも関わらず、勝った記憶と満足感だけが残る、という事態もあり得るということだ。そしてそのギャンブラーは、カネを失っても賭けを続けることになる。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正-行き過ぎた動き「ならすこと必要」=為替につい

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 6

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story