コラム

ワクチン以上に恐れるべきは、根拠なきワクチン危険論

2021年02月09日(火)18時00分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<ワクチンへの警戒が不要だとは言わない。だが今の時代、ワクチン以上に警戒すべきは、論拠が不足したまま流される極端なワクチン危険論だ>

今回のダメ本

Isidowebbook210209.jpg新型コロナ
上久保靖彦・小川榮太郎[著]
WAC
(2020年10月)

最近、非常勤講師を勤めている大学で、学生相手にこの時代のメディアリテラシーとは何かという話をしてきた。詳細な議論を省いて、ざっくりと要点をまとめると、京都大学の佐藤卓己教授(メディア史)の論を基に「曖昧な情報に耐える力」だと語っている。今回の新型コロナ禍は、われこそが真に有効な解決策を知っていると語る人たちの見本市となった。本書も例外ではない。

人間は曖昧さに耐えられず、すぐに分かりやすい解決策に飛び付く。「現場を知っている私の主張が正しい」「PCR検査を増やせば万事解決」といった話は山ほど出てくる。現実の社会はモデルよりも複雑であり、コロナ禍の「現場」は人の数だけ存在する。専門家を含め、むしろ分かっていないことは多く、威勢のいい言葉には何より注意が必要というのが、この間私が学んだことだ。

その意味で本書は帯からして「東京五輪は必ずできる」「科学に基づかない『コロナうそ』」といった断言のオンパレードで、なかなかに危うい。筆者の小川榮太郎はおなじみの右派論客である。上久保靖彦は2020年7月にコロナ第2波は来ないと「科学的エビデンスに基づく」知見から語っていた。なるほど、確かに本書の前半部分は、それなりの留保がつけられていて一見すると冷静な議論になっている。日本版CDC(疾病予防管理センター)の必要性など、賛同できる提案もあった。

しかし、である。本書が断言したことは、残念ながらいくつか大きく外れた。「全てのコロナは無症候の風邪」であるなら、社会はここまで混乱を起こさない。致死率は決して低くなく、警戒は必要だ。「日本人は集団免疫を得ている」とは、一時期流行したファクターX探しの解答なのだろう。彼らの考えに基づけば、20年のうちに世界中で新型コロナは収束しているはずだった。現実はそうなっていない。第3波を目の当たりにした今となっては、ファクターXによる「よって、コロナは大したことない」論より、医療資源の配分こそが必要な議論ではないかと思う。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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