コラム

陰謀論とロシアの世論操作を育てた欧米民主主義国の格差

2023年05月10日(水)15時50分

現在、格差の下位にいる人々がまとまって影響力を行使することは難しい...... Ink Drop-shutterstock

<情報戦への対処が安全保障上の要請である以上、対抗策としての格差への対処もまた安全保障上の課題だ。民主主義国である以上、格差は安全保障上の弱点につながる......>

世論操作のターゲットは政治、経済、文化面で不可視にされた人々

情報戦、フェイクニュース、偽情報、ナラティブ戦、認知戦、デジタル影響工作といったネットを介した世論操作は相手国の国内にある問題を狙うことが多い。その問題は相手国ですでに国内の問題として存在し、分断と混乱を生んでいる。そのためどこまでが他国からの世論操作によるものなのか、自国の国内問題なのかという判別は難しい。

すでに国内問題として深刻になっていた以上、「平和で安全な社会にロシアが偽情報やナラティブを撒き散らして混乱が起きた」といったとらえ方は誤りであるだけでなく、それ自体が正しい認識を歪ませる偽情報あるいはナラティブと言ってよいだろう。ロシアの偽情報やナラティブに騙される人々に、「正しい事実とリテラシーを与えることは効果的な対策になる」というのはこの誤った認識から生まれている気がする。

コロナ禍でロシアは多くの反ワクチン関する偽情報やナラティブを拡散したが、その多くはアメリカ国内のQAnonなどの陰謀論などのグループの情報が元となっていた。これらのグループはヨーロッパにも広がっている。偽情報やナラティブはもともと欧米に存在していたグループが生み出したもので、混乱はもとからあった。ロシアはそれを煽り、拡大した。「社会の分断と対立は深刻になっており、そこをロシアにつけ込まれた」という方が実態に近い。

多くの研究者は当然このことを知っており、「デジタル影響工作は相手国にすでに存在している問題を狙うことが多い」とはよく言うがそれ以上くわしくは語らない。相手国の国内問題についても論じることになり、専門外になるせいかもしれない。しかし、それでは根本的な対策を考えることは難しい。狙われる国内問題は国を超えて共通していることが多い、特に欧米の民主主義国がターゲットの場合はそうだ。問題や分析、対策も共有できるはずだと思うのだが、そうはなっていない。

共通の問題とは「格差」である。国内においても、国家間においても存在し、深刻な断絶と混乱を招いている。かつての共産主義との戦いが、国内の共産勢力との戦いであると同時に共産主義国との戦いであったのと似た構図となっている。ただし、今回は統一したイデオロギーは存在せず、結集することもなく、分断と混乱を悪化させているだけだ。

格差は政治、経済、文化といった社会のすべての側面に存在しているが、社会的な弱者である低学歴、低所得の人々をメディアが取り上げることは多くないし、政治の場で取り上げられることも少なく、不可視の状態となっている。特に不可視化されているのは社会で共感を呼びにくい人々だ。いわば「共感格差」である。共感格差を提唱している「データをいろいろ見てみる」氏は、共感は政治的・社会的リソースであり、主としてマスメディアによってアイデンティティ(性別や人種、性的嗜好など)ごとに配分される、と指摘している
欧米の民主主義国での不可視化された人々の現状を簡単に整理してみよう。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story