コラム

トルコ宗務庁がトルコの有名なお土産「ナザール・ボンジュウ」を許されないとした理由

2021年02月25日(木)17時35分

公式の宗教的見解はそうかもしれないが、それが実社会に影響をおよぼさないのであれば、さしたる問題にはならないであろう。しかし、ナザル・ボンジュウをめぐる状況は、ここのところ厳しさを増しているともいわれている。

そもそもお土産物としてのナザル・ボンジュウは最近では安価な中国製の大量生産品に席巻され、トルコ国産のものは大きく市場を奪われているらしい。トルコではコストを切り詰めて中国製に対抗しているようだが、法律で制限しないかぎり、そう簡単ではないだろう。

だが、それ以上にやっかいなのは、これまで述べたようなイスラームそのものからの批判かもしれない。ナザル・ボンジュウの名産地、その名もナザルキョイ(「キョイ」は「村」の意味)では近年、ナザル・ボンジュウのイスラーム化が進んでいるという。

つまり、異教との批判を受けがちの「目玉」の絵ではなく、代わりにアラビア語で「アッラー」とか「ムハンマド(預言者)」とかクルアーンの章句、バスマラ(「慈悲深き慈愛遍きアッラーの御名において」の語)等を書いた護符が多く作られるようになったのである。

もちろん、こうした動きは、トルコ国内に大量のシリア難民が流入したほか、アラブ諸国からの観光客が増加したことも関係するだろう。しかし、上述したイスラームからの批判を避けるという意味合いも強いのではないだろうか。

こうしたイスラーム化の動きが、エルドアン現大統領が、首相から大統領に就任し、さらにクーデター未遂事件などをきっかけに強権的な政策を進めていった過程と重なっているのは、はたして偶然であろうか。

最近、トルコ当局が、イスラエル批判を強めたり、性的少数者(LGBT+)に対する圧力を強めたりしていることを考慮すると、ナザル・ボンジュウ問題にもエルドアン政権のさまざまな思惑が見え隠れしてならない。

少なくとも土産物業者はそれを鋭敏に感じ取っているのではなかろうか。

[参考文献]
Gruber, Christiane Gruber 2021. "Bereket Bargains: Islamic Amulets in Today's "New Turkey"," in Saif, L., Leoni, F., Melvin-Koushki, M., Yahya, F. (ed.) 2021. Islamicate Occult Sciences in Theory and Practice, Leiden & Boston: Brill

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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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