コラム

日本製品は安いけれど劣悪、アラビア語の「日本製」は「尻軽女」を意味していた

2019年09月27日(金)18時00分

1930年代には日本からの定期便がバスラに就航し、それもあってイラクの輸入に占める日本の割合は20%を超え、繊維製品に至っては75%を占めるに至っていた。イラクでは1930年代になると、各地で日本製品を排斥する暴動さえ発生していたのである。

他の中東諸国でも、暴動こそ起きずとも、状況はそれほどかわらなかった。湾岸地域では「日本製」というアラビア語が「尻軽女」を意味するなど、日本製品に対する評判は最悪であった(ただし、安いから売れる)。

イラクでは、日本製品に対し高い関税をかけ、しかも、日本がイラク製品を輸入しないとさらにその関税を強化するという政策を打ち出した。とはいえ、日本がイラクから輸入できるものといっても高が知れている。1939年に日本がイラクに公使館を設立したのは、実はこのイラクの関税を撤廃させる交渉を進めるのが主たる目的だったのである。

この時期だと、すでにイラクでは石油が発見されていたが、その当時のイラク石油に対する日本の関心はそれほど高くなかったようだ。1930年代はじめに英国の石油会社からイラクの石油利権を購入しないか打診があり、政府はそれなりに関心を示したのだが、ほぼ民間企業に丸投げで、その民間企業はイラクに関する情報すらないのに何でわれわれが、と尻込みするばかり。結局、この話は立ち消えになってしまった(もし、このときがんばっていたら、イラク北部のガイヤーラ油田は日本の権益になっていたかも)。

やがて、日中戦争がはじまると、日本は国際社会から孤立していく。日本政府はイラクでは反英勢力に肩入れするなどいろいろ画策していたようだ。だが、結局イラクは連合国側につき、1942年に日本と断交、宣戦を布告した。貿易交渉どころか、外交関係そのものが途絶えてしまったのである。

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バスラの市場にある時計屋、看板には「スイス・日本製時計」とあるが......(筆者撮影)

大半のイラク人には、戦前の品質の悪い日本製品の記憶などもはや存在しない。数年前にUAEのアブダビから飛行機でイラクに入ったとき、乗客の多くは中国人であった。あまり身なりがいいともみえなかったのだが、どうやら中国製品を売る商人だったようだ。

イラクの街中はチープで何だかあやしげな中国製品で満ち溢れていた。ほんのわずかだが、日本製家電製品もあったのだが、あっても1980年代の骨董品か、そうでなければ日本製に見せかけたニセモノばかりであった。もしかしたら、戦前の日本製品のイラク進出もこんなだったのかもしれない。


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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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