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焦点:北欧2カ国のNATO加盟に「待った」、トルコの本音は

2022年05月19日(木)15時16分

5月18日、フィンランドとスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)加盟という歴史的決断に踏み切る意向を表明した際、NATO側はロシアからの強烈な反発は予想したが、加盟国から異論が出てくる事態は想定外だった。写真はトルコ、スウェーデン、フィンランドの国旗とNATOの旗。同日撮影(2022年 ロイター/Dado Ruvic)

[イスタンブール/ワシントン/ブリュッセル 18日 ロイター] - フィンランドとスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)加盟という歴史的決断に踏み切る意向を表明した際、NATO側はロシアからの強烈な反発は予想したが、加盟国から異論が出てくる事態は想定外だった。

だが、14日にベルリンで開かれたNATO外相会合では、フィンランドとスウェーデンの外相を招いて欧州の安全保障に関する歴史が数十年ぶりに良い方向に書き換わるのを歓迎しようとするムードに、トルコが冷や水を浴びせた。

あるNATOの外交官はロイターに、トルコのチャブシオール外相がこの会合で見せたのは、祝賀姿勢と正反対の「危機モード」だったと指摘。その前日にはトルコのエルドアン大統領も、フィンランドとスウェーデンのいずれの場合もNATO加盟は支持できないと発言し、他の加盟国に衝撃を与えた。

チャブシオール氏はトルコが北欧2カ国のNATO加盟を受け入れるための条件を提示しただけでなく、スウェーデンのリンデ外相に対して声を荒げる場面があり、3人のNATO外交官は外交儀礼に反する「恥ずかしい」振る舞いだと苦言を呈した。

別のNATO外交官は「われわれにとって歴史的瞬間だったが、チャブシオール氏がリンデ氏の『フェミニスト的な政策』にいら立ち、大変な事態になった」と明かす。会合場所のドイツ外務省内が非常に緊迫した空気に包まれ、参加者の多くが沈黙を守って雰囲気を落ち着かせようとした、と当時の状況を説明した。

この外交官は「われわれは、トルコが実のところ何を望んでいるのか理解しようと努めた。本当に困ったことだった」と付け加えた。

トルコ側が掲げている主な要求は、北欧2カ国がトルコの反政府武装組織、クルド労働者党(PKK)への支援を止めることと、トルコ向け武器売却禁止措置の撤廃だ。

トルコ外交筋の1人は、チャブシオール氏が敬意を持ってトルコの姿勢をつまびらかにしたし、リンデ氏が主張するようなスウェーデンのフェミニスト的な外交政策がトルコによるNATO加盟反対の理由でもないと述べた。

同筋は「リンデ氏の発言は、スウェーデンのNATO加盟にとってプラスにならない。フィンランドから出された声明は、注意深く策定されている」と論評した。

スウェーデン外務省は、コメント要請に回答がなかった。

<対話は継続>

今月初め、NATOの複数の外交官はロイターに対し、NATO30カ国全てがフィンランドとスウェーデンの加盟について、安全保障上のメリットをもたらすので支持しているとの見解を示した。それだけに14日の外相会合がトルコによってしらけた雰囲気になったことには、なおさら意外感がある。

NATO諸国は対ロシアで一体となる態勢を生み出すため、記録的な速さで北欧2カ国の加盟を承認したい考えだった。だが、エルドアン氏は16日、スウェーデンとフィンランドの代表団は予定通りにトルコを訪れるべきでないと突き放した。

18日にはトルコ大統領府が、エルドアン氏の重要なアドバイザーの1人がスウェーデン、フィンランド、ドイツ、英国、米国の代表者と電話で話し合ったと表明した上で、トルコの期待が満たされない限り、NATO加盟手続きは進まないと言い切った。

事情に詳しいある関係者はもう少し楽観的で、トルコはスウェーデンと前向きな会話をしており、来週には代表団が訪問する道が開かれたと話した。もっとも北欧2カ国がトルコ大統領府に連絡を入れてから、エルドアン氏のアドバイザーから電話がかかってくるまで5日も経過している。

同関係者は「このように至る所で混乱が起きているが、加盟計画全体が停滞しているわけではない」と力説した。

北欧2カ国のトルコ向け武器禁輸は、トルコが2019年にクルド人武装勢力を攻撃するためシリア北部に侵入した際に発動された。トルコ側の言い分では、2カ国がNATOという安全保障協定に入るなら、これは不適切な措置になる。

また、トルコ国営テレビTRTは、スウェーデンとフィンランドはトルコが求めている33人の身柄引き渡しを認めていないと伝えた。33人は、トルコがテロリストとみなす組織に関係があるという。

スウェーデン議会の外交委員長は、この問題で解決策を見つけるのは可能だが、身柄引き渡し以外の方法になると反論。「欧州連合(EU)のテロ指定リストに基づいてテロリストと判定していない人々を国外退去させるなど全く考えられない」と語った。

<強硬姿勢の裏側>

欧州各国の外交官からすると、エルドアン氏が決裂寸前の姿勢を続けた後、結局は合意するという「交渉ぶり」をこれまでも目にしてきた。実際、エルドアン氏の下で予測不能な行動を取りながらも、トルコが戦略的に重要な同盟国で、独自の外交政策を推進しつつ、NATOの使命遂行に大きく貢献し続けている。

一方、米国とトルコの関係は、シリア問題やエルドアン氏のロシア接近、トルコの人権侵害や言論抑圧などによる5年間にわたる対立から最近ようやく改善の兆しが見えたところだった。だが、今回の問題でまた暗雲が立ち込めてしまった。

チャブシオール氏は18日にブリンケン米国務長官と会談したが、その前日にはトルコ系米国人の会合で「再び冷戦の風が吹き始めている」と口にした。

先の関係者によると、チャブシオール氏はエルドアン氏に背中を押されて対外的な強硬姿勢を見せている。しかし、やり過ぎれば、同盟国がトルコをのけ者にしかねない。

エルドアン氏が意識しているのも国内情勢だ。来年半ばまでに行う大統領・議会選挙で勝利できるどうか予断を許さなくなっているため、ナショナリスト勢力にアピールしているのだとみられる。

それでも米国は、問題解決に自信を持っている。ブリンケン氏は15日の会見で、トルコとフィンランド、スウェーデンの溝を埋める協議が続いており「NATO加盟手続きという面で、われわれは合意に達する、と私は強く信じている」と述べた。

(Jonathan Spicer記者、Humeyra Pamuk記者、Robin Emmott記者)

ロイター
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