コラム

超富裕層への富の集中がアメリカを破壊する

2018年01月19日(金)14時40分

F・ルーズベルト大統領は政府の役割を大きくした Bettman/GETTY IMAGES

<極端な富の偏在は民主主義を衰退させ、やがて未曾有の政治的混乱を引き起こす>

カネが世界を動かし、選挙の流れを決め、権力の担い手を決めている。アメリカをはじめとする先進国で進行する富の集中は、社会と民主主義の安定をじわじわと危険にさらしている。富の集中は温暖化と並んで、現在の世界を崩壊させる恐れがある最も深刻な長期的問題だ。

かつて筆者がいたCIAの任務は、「権力者に真実を告げること」だ。それはしばしばリーダーに嫌われ、無視されることを意味する。筆者が最後に所属した国家情報会議(NIC)は、未来を予測するのが仕事だった。まだ形になっていない情勢を見つめ、私の場合は「国境を超えた脅威」を判定していた。

こうした脅威が形になるのは2~5年、あるいはもっと先のこと。だから多くのリーダーは対応を先送りにして、目先の問題に集中する。ギリシャ神話の予言者カッサンドラのように、NICの予測は悪いことばかりだと嫌みを言われる。そのくせ脅威が現実になると、「諜報のミス」だと非難される。

実のところ現在も、私たちの社会や政治体制全般を脅かす重大な流れは存在する。それは富の集中だ。

今のように国家の富がひと握りのエリートに集中しているのは、第一次大戦直後や19世紀後半以来のことだ。この流れは加速しているから、いずれ富の集中レベルはアメリカの歴史上で最悪になるだろう。

富の集中が、グローバル化というもっと目に見える変化と組み合わさると、ポピュリズムが高まり、民主主義は衰退する。ますます限られたエリートに権力が集中して、大衆はブレグジット(イギリスのEU離脱)のような自滅的選択をし、まともに本も読めないドナルド・トランプ米大統領のような権威主義的デマゴーグを選び、民主主義は直接脅かされる。

このことはデータにはっきり表れている。アメリカでは所得トップ1%の世帯が国家の富のほぼ40%を握っており、下位90%の世帯は富の約23%を占めるにすぎない。また、70年代以降のアメリカの富の拡大分の75%は、1%の最富裕層が得てきた。

フランスの経済学者トマ・ピケティが、ベストセラーとなった著書『21世紀の資本』(邦訳・みすず書房)で指摘したように、「資本は自己増殖する。ひとたびその仕組みが確立されると、自己増殖のスピードは、生産によって(国民の所得が)蓄積されるスピードを超える。過去が未来を貪り食うのだ」。

アメリカで富の集中が加速したきっかけは、共和党のロナルド・レーガン大統領による80年代の「レーガン革命」だった。この「革命」で、アメリカの財政と税制から富の再分配機能が大幅に削られた。

フランクリン・ルーズベルト大統領の「ニューディール」政策とリンドン・ジョンソン大統領の「偉大な社会」以来、アメリカでは市場経済が一定の規制を受け、金持ちほど税負担が大きく、貧困層を支援する政策が取られてきた。だがレーガン革命は、政府が社会活動家のような役割を果たすことを否定した。

いずれ世界も同じ状態に

富の集中は、市場経済を採用する先進民主主義国に共通するものだ。ただしアメリカが世界で覇権的地位を築いて以来、社会・政治・経済のあらゆる分野で、アメリカで起きたことは約15年後に世界各地で顕在化する。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダの原油パイプライン拡張完了、本格輸送開始

ビジネス

豪NAB、10─3月キャッシュ利益13%減 自社株

ワールド

ウクライナ、今冬のガス貯蔵量60%引き上げへ

ワールド

ソロモン諸島、新首相に与党マネレ外相 親中路線踏襲
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story