コラム

アイヌ差別表現問題──日本人は他民族を侵略・加害していない、という観念が背景に

2021年03月19日(金)17時00分

北海道にあってはとりわけアイヌ文化への学習が盛んで、道内の様々なアイヌ風俗施設への体験学習が小学校時代より行われている。しかしそれは、「他者」としてのアイヌ民族でありアイヌ文化の半ば観光客的見分であった。日本人が、彼らの住まう土地を侵略し、苛烈な同化政策を採り、その結果現在の北海道があるという歴史的事実とは切り離されて教育されてきた。

だから私を含め北海道出身者は、アイヌ民族を当然尊重するが、自分たちが彼らにとって「加害者・侵略者」であった、という認識を持つことは極めてまれである。それどころか、北海道は日本人がゼロから開拓した新天地であり、「北海道民である我々には明治以来の開拓民の(エネルギッシュで前向きな)精神が宿っている」というのが、私たちの世代では平然と並行して語られてきた。

このような、日本人のアイヌ民族への侵略と同化を無視して、ある世代より上の北海道民は、堂々と「北海道開拓」の美談を現在でも躊躇なく喧伝する人々が皮膚感覚で多い。アイヌの文化・風俗に対しては十分教育されているにもかかわらず、日本人がこの地(北海道)をアイヌから収奪し、アイヌの土地を侵略したうえで道内の各都市が「建設」されたという事実は、全く別の事として語られている。

その象徴として、札幌市の郊外・厚別区の野幌(のっぽろ)森林公園には、明治国家による北海道開拓を称える「(北海道)百年記念塔」が現在でも平然と屹立している。アイヌ民族と日常において触れ合う機会が内地より特段に多い北海道にあってさえ、アイヌへの加害と侵略と、アイヌ文化の受容や理解は全く別物として、ないしは前者をないものとして語られてきたのが、筆者の偽らざる皮膚感覚である。

躊躇なく語られてきた「北海道開拓精神」~アイヌ民族への加害は無かったことに~

2015年11月、札幌市に本拠地を置くプロ野球球団・日本ハムファイターズが公式宣伝広告(横断幕)に「北海道は、開拓者の大地だ」として掲げたことに北海道アイヌ協会(札幌市)が抗議し、これを球団側が取り下げたことが物議をかもした。(日本ハム広告「北海道、開拓者の大地」「配慮足りない」アイヌ協会抗議/北海道、朝日新聞、2015年11月10日)。

逆説的に考えれば、この事例は、21世紀も相当過ぎた現在さえ、北海道民の多くが、アイヌ文化の受容や理解とは全く別個の事として、北海道は「自分たち日本人がゼロから開拓した土地である」と普遍的に認識している証左である。

普通、「開拓」とは、無主地(全くの無人島とか、他民族の先住がない土地)を開発したことを指すが、北海道は明治国家以前、古くは中世期に於いてからアイヌ民族の確固たる先住が存在した。北海道は歴史的に日本人のものでは無く、豊かな文化をはぐくんできたアイヌの大地であった。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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