コラム

バイデン大統領就任式で融和を訴えた22歳の女性詩人アマンダ・ゴーマン

2021年01月21日(木)17時00分

レディー・ガガとジェニファー・ロペスという2人の女性ミュージシャンに続いて、カントリーミュージックの超大物のガース・ブルックスが「アメイジング・グレイス」を歌ったのも結束のメッセージを伝えるものだ。カントリーミュージックには以前から保守派のファンが多い。トランプの就任式に招かれた時には仕事の調整を理由に断ったブルックスがバイデン就任式でのパフォーマンスを承諾したことに対してトランプ支持のファンは抗議した。だが、ブルックスは「これは政治的なステートメントではない。結束のステートメントだ」と説明した。

就任式に招かれたアーティストの中でも特に光っていたのが若い女性詩人のアマンダ・ゴーマンだ。

大統領就任式に詩人が招かれ、式のために作った詩を朗読するという伝統はそう古いものではない。1961年にジョン・F・ケネディがロバート・フロストを招いたのが最初だ。次は1993年のビル・クリントンの就任式で、マヤ・アンジェロウが朗読した詩は『On the Pulse of Morning: The Inaugural Poem』として書籍化され、ベストセラーになった。クリントンの二度目の就任式ではミラー・ウィリアムズが「Of History and Hope」を読み、2009年のオバマ大統領の最初の就任式ではエリザベス・アレクサンダーが「Praise Song for the Day, Praise Song for Struggle」を、二度目の就任式にはリチャード・ブロンコが「One Today」を読んだ。オバマの次のトランプ大統領は就任式に詩人を招かなかった。

バイデンはトランプが中断した伝統を再開するだけでなく、その重要な役割に22歳の黒人女性のアマンダ・ゴーマンを選んだ。大統領夫人になるジル・バイデンは以前からゴーマンと彼女の作品のことを知っていて、この選択をしたのも彼女だと言われている。コミュニティカレッジでフルタイムの教授として英文学を教えているジル・バイデンは、上院議員の妻、子育て、教師という3つの仕事を兼業しながらも夜間に勉強を続け、15年かけて学士号2つと教育博士号を取得した努力家である。彼女が教えているコミュニティカレッジでは以前から「ドクター・バイデン」として学生に親しまれている。

移民や恵まれない環境で働きながら学ぶ学生が多い場所で教えることに生きがいを見出し、ファーストレディになっても教え続ける意図を明らかにしているドクター・バイデンが選んだゴーマンはどんな人物なのだろうか?

詩のパフォーマンスでは既に有名

ロサンゼルスで教師をする母に育てられたゴーマンは子供の頃に発話障害があったということで、吃音で苦労したジョー・バイデンとの共通点がある。読書と文章創作が好きで、特にフェミニズム、人種差別、社会から見過ごされてる人々に関心がある。15歳の頃にロサンゼルスの青少年桂冠詩人に選ばれ、翌年には『The One for Whom Food Is Not Enough』という詩集を刊行した(現在は廃刊で入手できない)。その2年後、ハーバード大学の2年生のときにアメリカで初めての全米青少年桂冠詩人(national youth poet laureate)に選ばれた。ボストン・ポップス・オーケストラやハーバード大学学長就任式で詩を読み上げたり、ダンサーとのコラボレーションをしたことでも知られ、詩のパフォーマンスではかなり知られているようだ。

バイデンの就任式でゴーマンが読んだのは「The Hill We Climb」という詩だ。バイデン夫妻とホワイトハウスからは、他人を侮辱したり中傷したりするものではなく、「結束」と「希望」を強調するものであるよう頼まれたが、細かい指図はなかったという。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story