コラム

グローバル化にまつわるいくつかの誤解

2017年01月16日(月)15時15分

新たに作られた米-メキシコ国境のフェンス。2016年11月 Jose Luis Gonzalez-REUTERS

<これから反グローバリズム運動の情動に身を任せ、暴力的な手段に出たり、人々の不満を外に向かって発散しようとする誘惑が高まる。そして、グローバル化を制御しようとする過程で、安全保障の問題が重要な意味を持つようになる...>

 このところ「グローバル化」の評判がすこぶる悪い。2016年11月の米大統領選ではトランプ氏がメキシコからの移民やTPPやNAFTAなどの自由貿易協定を敵視し、これらが人々の雇用を奪い、麻薬をはびこらせ、アメリカをダメにしたと訴え、「アメリカ第一主義」を掲げて当選した。またそれに先立つ6月にはイギリスでEU離脱を巡る国民投票が行われ、中東地域からの移民だけでなく、EU域内からの移民に対する管理・制限を求める運動が支持を得て、EU離脱が多数となった。こうしたヒト・モノ・カネのグローバルな移動に対する風当たりが非常に強く、各国が「内向き志向」、つまり国境を閉ざし、ヒトやモノの移動を制限する政策へとシフトしようとしている。

 今回、コラムを書かせていただくに当たって「グローバル化と安全保障」をタイトルとした以上、まずはこの「グローバル化」とは何かを説明しておく必要があるのではないかと考えた。というのも、これだけ頻繁に使われる言葉であるのに、様々なイメージで語られ、しばしば誤解を含むものも散見されるからである。なので、ここではまず「グローバル化にまつわる誤解」から説明していこう。

「グローバリズム」は「グローバル化」ではない

 よく見られる誤解は「グローバリズム」という表現によるところが大きい。グローバリズムには「イズム」つまり「主義」というイデオロギーが含まれる言葉である。敢えて日本語に訳すと「グローバル主義」となってしまい、今一つどんなイデオロギーなのかわかりにくい。おおよそ「グローバリズム」という言葉が示しているのは、政治や政策の力でグローバル化を推し進めることが正しいことであり、それを推し進める運動がある、ということなのだろう。自由貿易や資本の移動を容易にし、国際競争力を高めるという価値、思想と考えれば、たぶんグローバリズムは新自由主義と大きく変わらないものだとも思える。

 しかし、「グローバル化」ないしは「グローバリゼーション」と呼ばれるものは「現象」である。それはグローバリズム ≒ 新自由主義の運動によって加速化され、内向き志向の人達によって鈍化させられるものではあるが、グローバル化という現象自体はずっと続いていく。

 つまり、新自由主義者を排除し、トランプ氏やEU離脱派を当選させたとしても、グローバル化という流れのスピードが変わるだけで、グローバル化が止まるわけではない。グローバリズムという思想とグローバル化という現象を混同すると、この辺の理解が曖昧になってしまうため、このコラムではその違いに敏感でありたいと考えている。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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