コラム

ガザ人道危機をめぐる中国メディアの主張──「ウイグル自治区の方がずっとマシ」にどう答えるか

2024年03月07日(木)20時25分
中国の張軍国連大使

国連安保理会合で記者に応じる中国の張軍国連大使(2023年10月13日) Brendan McDermid-REUTERS

<中国政府・メディアによる先進国へのダブルスタンダード批判は珍しいことではないが、単なる言い掛かりとして片付けることもできない。多くの国から、先進国と中国が「どっちもどっち」と見られれば、有利になるのは中国のほうだ>


・中国メディアGlobal Timesは「先進国はウイグル問題に懸念を示しながらガザ情勢を無視する」と批判する。

・先進国のダブルスタンダードに対する批判は中国の常套手段だが、指摘内容そのものは否定しにくく、実際に多くの新興国・途上国の支持を集めやすい。

・ただし、その中国にもパレスチナを支持し、即時停戦を求めながらも、イスラエルによる占領政策に協力してきた「やましさ」はある。

「むしろ先進国こそ不当」の論理

「先進国は新疆ウイグル自治区のムスリムのことに'懸念'を表明するが、ガザに暮らすパレスチナ人の困苦は無視している」。

中国政府系英字メディアGlobal Timesは昨年10月19日、このように主張して先進国を批判した。

その前日10月18日、国連ではウイグル自治区における人権侵害を批判するイギリス主導の共同声明に50カ国が名を連ねた。Global Timesの論説はこれを受けてのものだった。

ウイグル自治区では少数民族ウイグル人の間に共産党支配への抵抗運動があり、中国政府は「厳打」と呼ばれる苛烈な取り締まりを行ってきた。ウイグル人のほとんどはムスリムで、そのなかにアルカイダなど国際テロ組織に通じる者があることから、中国政府は「テロ対策」として弾圧を正当化する。

しかし、少しでも疑わしいと目された者が「再教育キャンプ」に放り込まれて共産党体制への恭順を叩き込まれたりする状況は、アメリカなどいくつかの先進国から「ジェノサイド」と呼ばれる。

こうした背景のもとで発表された共同声明に対して、Global Timesはかつてないほど人道危機の拡大するガザを引き合いに出し、イスラエルを支援するのが米英をはじめ先進国であることを指摘して、そのダブルスタンダード(二重基準)を批判したのだ。

ダブルスタンダード批判

中国の政府やメディアによるこうした批判は珍しくない。

それは単なるイチャモンとはいえない。アメリカや先進国は自由、民主主義、人権を強調するが、相手次第で態度を変えることも少なくないからだ。

例えば、先進国はしばしば、10億人以上の人口を抱えながら選挙を行うインドを「世界最大の民主主義国家」と持ち上げてきたが、極右的なモディ政権のもとで進むムスリム迫害についてはほとんどスルーしてきた。

地政学的にインドの重要度が高いことを考えれば、やむを得ないかもしれない。

しかし、それは「人権を問題にするかどうかは先進国の都合しだい」といっているに等しい。それが多くの新興国・途上国に不当と映りやすいことは不思議でない。

とりわけガザ侵攻に対するアメリカなど先進国の微妙な態度は、グローバル・サウスで先進国のダブルスタンダードへの批判を増幅させている。。

イギリスが提案したウイグル自治区に関する共同声明に関して、中国の張軍国連大使が「先進国の偽善こそ、人権の発達を妨げる最大の要因」と激しく糾弾したのは、こうした文脈から出てきたものだった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英、記録的な冬期豪雨で主要穀物の自給率低下=シンク

ビジネス

中国、超長期特別国債発行開始へ 17日から

ビジネス

東レ、27年3月期までに政策保有株半減 売却分で自

ワールド

トランプ氏、不倫口止め疑惑裁判の判事と検事を非難
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 9

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story