コラム

高インフレに苦慮する米国、それでも安定成長が続く理由

2023年07月11日(火)19時36分
FRBパウエル議長

FRBパウエル議長は、経済を程よく制御しながら高インフレの問題にも対応しつつある......。RUTERS/Jonathan Ernst

<FRBは23年6月に政策金利を据え置く判断に至ったが、FRBの対応と経済情勢を俯瞰すれば、経済を程よく制御しながら高インフレの問題にも対応しつつあると評価できる......>

2022年から日本以外の米欧先進国は、1980年代以来の高インフレに直面した。各国中央銀行はインフレ制御への対応に迫られ、高すぎるインフレは多くの消費者に多大な不満をもたらし、政治的にも大きな争点になった。特に英国は、やや落ち着いたかにみえたインフレが上振れ、英中央銀行が6月に大幅利上げを余儀なくされておりインフレ対応に最も苦慮している。

FRB(米連邦準備理事会)は6月会合では1年以上ぶりに政策金利を据え置いたが、追加利上げを主張する少なくない意見があった。市場では7月会合での再利上げがほぼ織り込まれているが、FRBによる再利上げによって、各国がインフレ制御に苦心する姿が再びクローズアップされるかもしれない。

経済を制御しながら高インフレにも対応しつつある

一方、高インフレに苦慮する米国ではあるが、労働市場などが底堅いため経済成長は減速しているが失速には至っていない。労働市場の需給ひっ迫が高インフレが収まらない一因でありFRBを悩ませているが、労働市場が堅調であるが故に経済活動が落ち込むことなく経済成長を保っている。FRBは、「物価安定」「雇用の最大化」の二つの目標を課されているが、後者についてはこれまで政策対応は総じて上手くいっている。6月時点の失業率は3.6%とかなり低いままである。

パウエルFRB議長は「景気後退は予想しない」との発言を繰り返しているが、これには多分に政治的な意味合いもある。もっとも、これまでの利上げが経済に大きなダメージを及ぼしていないという点では、対応はうまくいっており、最近になって議長もやや自信を持ち始めている可能性がある。

「インフレ安定」と「雇用の最大化」の双方を目指すことをことを使命とされるFRBの政策は難易度はもともと高いが、コロナ禍という歴史的な経済変動によって目標実現のハードルはより高まっただろう。このため、FRBが金融引締めに転じる中で、程よい調整(ファインチューニング)は相当難しいと筆者は考え、これまで米経済の先行きには総じて慎重にみていた。ただ、FRBは23年6月に政策金利を据え置く判断に至ったが、FRBの対応と経済情勢を俯瞰すれば、経済を程よく制御しながら高インフレの問題にも対応しつつあると評価できる。

インフレ期待も総じて安定している

インフレと賃金がスパイラル的に上昇すれば、1970年代同様の「大インフレ」となり、経済成長も失速する。ただ、賃金加速に至る前に労働市場の過熱状態も少しずつ和らいでいる。6月雇用統計では雇用者数の伸びは緩やかながらも月当たり20万人程度まで減速、求人数もピークから20%程減少している。

また、FRBが目指す2%インフレ目標への信認が保たれており、企業経営者や消費者のインフレ期待も総じて安定している。もちろん、まだ足元のインフレ率は2%よりは高いので、目標達成に時間を要しているが、金融引締めの効果でインフレが制御され、またその制御が穏やかであるが故に、労働市場の調整がゆっくりと進んでいるともいえる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月PPI、前月比0.5%上昇と予想以上に加速 

ビジネス

中国テンセント、第1四半期は予想上回る6%増収 広

ワールド

ロシア大統領府人事、プーチン氏側近パトルシェフ氏を

ビジネス

米関税引き上げ、中国が強い不満表明 「断固とした措
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story