コラム

備えるべきは「止まらない円安」ではなく「円高」

2024年03月06日(水)18時09分
植田日銀総裁

「円安」は構造的な現象で、簡単には変わらない? 写真は、植田日銀総裁 REUTERS/Carla Carniel

<為替市場では1ドル150円付近の円安が定着し、今後も「円安が続く」との見方がメディアでは一段と増えている。また、「円が紙くず」になるまで通貨安が避けられない、という極端な論もあるが、そうした見方を検証する......>

為替市場では、2月中旬から、1ドル150円付近での円安が定着しつつある。為替市場の先行きを予見するのはかなり難しいのだが、22年からの円安が長期化していることが影響してか、今後も「円安が続く」との見方がメディアでは一段と増えているようにみえる。

 
 

「円安」は構造的な現象で、簡単には変わらない?

1ドル90円台にある購買力平価(IMF試算)との比較でみても、円は歴史的にはかなり割安に位置付けられるが、それでも「円安」は構造的な現象なので簡単には変わらないとの見方が散見される。こうした見方の背景には、多くの日本企業が、(定義は曖昧だが)国際競争力を失いつつあるため、通貨安がなければ日本企業の製品が市場で生き残ることが難しいとの認識があるとみられる。貿易(サービス)収支赤字が(需給面から)円安を後押しする、などの見方が一例だろう。

更に、極端な論者は、通貨価値を意図的に低下させる「異次元緩和」を日本銀行は長年行ってきたのだから、「円が紙くず」になるまで通貨安が避けられない、などと主張する。見方は様々だが、何等かの日本側の要因で、円安が止まらないとの声が強まっていることが、最近の為替市場における円安観測を必要以上に強めているように思われる。

通貨安が経済成長を高め、金利上昇や通貨高をもたらす

ただ、上記の「構造的な円安は続く」と考える論者は、以下のメカニズムを軽視しているのではないか?それは、通貨安が日本経済の成長率を高め、それが金利上昇や通貨高をもたらす経路である。

実際に、マイナス金利解除が近づきつつある、とのメッセージが、24年になってから日本銀行の植田総裁などから発せられている。背景には、日本において賃金と物価高の好循環が始まりつつある、ことがある。日本でも通貨安の景気刺激効果が強まり、賃上げやインフレが起こりつつあるわけだ。日銀がこれを持続的と判断すれば、いずれ利上げに転じるので、通貨安圧力が今後弱まるシナリオが考えられる。

もちろん、日本で、賃金上昇と物価高の「好循環」が起きているか否かは議論が分かれるし、日銀が利上げに転じた後の利上げペースについても、市場の見方は定まっておらず、これらは今後のドル円市場を動かす変動要因になるかもしれない。

ただ、これまでの大幅な円安が、輸入物価上昇などを通じて、日本の価格を押し上げていることは否定するのは難しいだろう。通貨安が進めば進むほど、それが将来の価格上昇や企業業績の改善をもたらし、経済成長を押し上げる効果が顕在化する、ということである。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story