コラム

安倍元首相の国葬を「日本国の葬式」にしないために

2022年09月29日(木)15時40分

安倍元首相亡き後の空白を埋めることができる政治家はいない YOSHIKAZU TSUNOーGAMMA-RAPHO/GETTY IMAGES

<アベノミクスの「魔術」が消えた今の日本は、昭和の戦前とうり二つ>

9月27日は安倍元首相の国葬である。19日のエリザベス英連合王国女王の国葬と違って、賛否両論で騒然そのものだが、それは日本の首相が国家元首ではないからだ。

首相は、議会での多数決で選ばれた「行政府の長」にすぎず、国民全体を代表する「日本の元首」は天皇。戦後、米占領当局との妥協で、憲法では「象徴」という、よく分からない称号になっているが、その意味は紛れもない元首(Head of State)だ。

だから安倍元首相の特別の功績をたたえるなら、内閣・自民党合同葬がふさわしい。外国の賓客は、別に国葬でなくても来るだろう。賓客を接遇する費用が膨大で自民党では負担できないから国葬にしたのが実情なら、それは本末転倒だ。

外国との関係では、今回参列した外国首脳のうち何人が、日本を再訪してくれるだろう。今の日本のありさまを見ていると、この国葬は読んで字のごとく、まさに「日本国のお葬式」になりかねないと思う。

金利引き上げの是非で揺れる今の日本は、金本位制離脱の是非で揺れた戦前日本とうり二つ。そして生活上の不満から、首相等要人の暗殺が相次いだのも、昭和の戦前だった。

7年半続いたアベノミクスはドーピングのようにカネ余りで経済を膨らませはしたが、今はその落とし前を払う時。アメリカの大胆な脱ドーピング作戦(金利の急速な引き上げ)に抜け駆けされた日本は円安に陥った。このままドーピングを続けて円安インフレになるか、金利を引き上げて円を守るも、デフレ・不況の再来を招くか、どちらがいいかと聞かれても困ってしまう状況だ。

ポピュリズムの魔術は消える

ソ連の作家ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』という有名な幻想・風刺小説では、魔術師が劇場の聴衆に豪華な服をプレゼントするが、彼らがはしゃいで劇場を出ると、下着一枚に変身する場面がある。

今の日本はこれに似ている。「異次元緩和」で好況を演出し、若年層の就職状況を大いに改善し、その勢いで立派な戦略的外交を展開したが(北方領土問題は除く)、その権力は旧統一教会などの勢力に大きく支えられていた。これは国ぐるみの魔術、いやモラルハザードなのだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story