コラム

リベラルは復権のために、民主主義を侮蔑する「幼稚な支持者」と縁を切ろう

2022年07月06日(水)08時03分

おそらくは私たちが民主主義と呼んできたものの中に、実際にはある種のエリート主義──すなわち「非民主的」な要素が、含まれていたからであろう。

法曹とは一定の富裕さを前提とした高度な学習環境がないと、そもそも目指すことが難しい職業だ。選挙の立候補者が出馬の上で得票数を競うのとは異なり、「あらかじめ」知力や教養に恵まれていないと、必要な資格自体を取得することができない。

そうした司法エリートなら、単に多数派に支持されるという趣旨とは異なる次元での「正しい判断」をしてくれるはずだとする発想が、私たちの中にはどこかにあった。だから、彼らに期待を裏切られるとカッと来て、つい民主主義の方を忘れがちになる。

皮肉な話だが、そうしたエリート主義は、王朝時代の中国で「選挙」と呼ばれた科挙の発想に近い。投票ではなく、体制の基礎にある儒教古典の解釈学(経学)等を問う筆記試験によって、統治エリートを選んだものだ。

今日の日米でいえば、まさしく「憲法典の文言をどう読み解くか」が出題されたともいえよう。東京大学で中国思想史を講じる小島毅氏は、同大の法学部教授に「憲法学って経学ですよね」と水を向けたところ、妙に納得されたとの逸話を記している(『足利義満 消された日本国王』光文社新書)。

日本の同性婚推進派にせよ米国の中絶擁護派にせよ、少なくない「リベラル」な人々が実際のところは、民主主義よりも「科挙」の方を当てにしてきた。自国の国制の根幹をなすテキストを、多少の強引さを伴っても現代の課題に応えるように再解釈し、望まれる「正しい結論」を導いてくれるだろうと一方的に期待して、法曹に依存してきたわけだ。

もちろん、構造的に多数派たり得ないマイノリティの権利を守る上では、多数決原理という意味での民主主義とは異なる、ある種のエリーティズムが不可欠ではある。

しかしもし民主主義の理念を掲げるのであれば、私たちはそうした「法解釈権を占有するエリートへの丸投げ」に対して、一定の含羞を感じて然るべきであったろう。

それ抜きに、平素はあたかも民主主義の実践者のような顔をしながら、裏面では秘かに「望むままの判決を自在に出してくれるエリート」を待望し、多数派形成への努力も軽んじて異見との対話を放棄してきた昨今のリベラル人士の姿は、当人の自意識に反して貧しく卑しい。

それくらいならむしろ、民主主義自体への不信と侮蔑を公言する「堂々たる権威主義」の方が、少なくとも筋は通って自己矛盾がないように見える。

世界のどの先進国でも、近年デモクラシーの内実からリベラルな勢力が衰退し、強権統治への傾きが強まっているのには、そうした理由があろう。

周知のとおり2022年7月10日の参議院選挙で、日本のリベラル諸政党はおそらく悲惨な戦績に見舞われる。

プロフィール

與那覇 潤

(よなは・じゅん)
評論家。1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で博士号取得後、2007~17年まで地方公立大学准教授。当時の専門は日本近現代史で、講義録に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』。病気と離職の体験を基にした著書に『知性は死なない』『心を病んだらいけないの?』(共著、第19回小林秀雄賞)。直近の同時代史を描く2021年刊の『平成史』を最後に、歴史学者の呼称を放棄した。2022年5月14日に最新刊『過剰可視化社会』(PHP新書)を上梓。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story