最新記事

イラク

イラクの政情が不安定化し、シーア派内戦の危険性が高まっているのはなぜか

Giving Iraq to Iran

2022年9月5日(月)18時05分
デービッド・シェンカー(元米国務次官補〔中近東担当〕)

こうしたことから、サドル派とクルド人連合はすぐに組閣には移れなかったが、ゆっくりと前進はしていた。

ところがそこで、親イラン政党の会派「調整枠組み」が、イランの影響下にあるイラクの司法を利用する手段に出た。

大統領が組閣を指示する会派は、議会の単純過半数ではなく、議席の3分の2の絶対安定多数を確保していなければならないという判断を、イラク最高裁に下させたのだ。

サドルの政党はこの基準を満たせなかったため、6月に73人の議員全員が辞職して、選挙のやり直しを求める戦術に出た。サドル派の議席はイラン勢に分配された。

この司法クーデターの首謀者は、ヌーリ・マリキ元首相だ。2006~2014年の首相時代に、桁外れの汚職と悪質な宗派政治を進めたマリキが親イラン勢力と手を組み、再びキングメーカーとして裏で糸を引いているのだ。

サドルとマリキは2008年の「バスラの戦い」でマリキの政府軍がサドルのマハディ軍を討伐して以来、シーア派指導者の座をめぐりライバル関係にある。

だから7月25日に「調整枠組み」がマリキの仲間のモハメド・スダニを首相に指名すると、サドルは支持者に議会を占拠して首相選出の投票を阻止するよう促した。

米関与の欠如は意図的

8月末の時点でサドル派は議会占拠をやめたようだが、政府機関や大使館が集まる旧米軍管理地域(グリーンゾーン)にとどまり、スダニの首相選出を妨害し続けている。

さらにサドルは、議会の解散と選挙のやり直しを求めており、「調整枠組み」はこれに反対している。

膠着状態の長期化は、シーア派の内部対立が暴力的なものに発展する危険性を高めている。また、昨年の選挙で示された民意に反して、イラクの政治におけるイランの影響は大きくなる可能性が高い。

アメリカがこうした展開を阻止できたかどうかは分からない。それでも、バイデン政権がそのための努力をした気配は、あまりにも乏しい。

議会選からサドル派議員の一斉辞任までの約9カ月間に、米国務省と国家安全保障会議(NSC)の高官がイラクを訪問したのはわずか2回。アントニー・ブリンケン米国務長官も、イラクの意思決定者らに何度か電話をかけただけだった。

アリーナ・ロマノウスキ駐イラク米大使が一定の圧力をかけたかもしれないが、ワシントンの十分なサポートがあったようにはみえない。

つまりアメリカの関与の欠如は、過失ではなく、意図的な判断なのだ。実際、あるバイデン政権高官は昨年12月、「イラク人に自分たちで解決させる」と語っていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中