最新記事

ドキュメント

北朝鮮に核を売った男、「核開発の父」カーン博士が果たした役割

HOW KHAN GAVE DPRK THE BOMB

2021年10月22日(金)18時52分
マイク・チノイ(南カリフォルニア大学・米中研究所シニアフェロー)
アブドル・カディル・カーン博士

カーンの顔写真を掲げてパキスタン初の核実験10周年を祝う人々(2008年) FAISAL MAHMOODーREUTERS

<コロナで死去したパキスタンのカーン博士は国内では英雄だったが、北朝鮮の核武装を闇のネットワークから支援していた>

パキスタンの「核開発の父」と呼ばれたアブドル・カディル・カーン博士が10月10日、首都イスラマバードの病院で新型コロナウイルス感染症のため死去した。85歳だった。

カーンはパキスタンをイスラム教国圏初の核保有国に導き、国民的英雄と称賛された。しかし国際的には、北朝鮮やイラン、リビアといった「ならず者国家」に核技術を提供した危険人物と見なされていた。

南カリフォルニア大学・米中研究所シニアフェローのマイク・チノイは、カーンの活動を子細に追い続けてきた。彼の2008年の著書『メルトダウン──北朝鮮・核危機の内幕』(邦訳・本の泉社)から、カーンと北朝鮮の関係に迫った核心部分を抜粋で紹介する。

◇ ◇ ◇

2000年代から北朝鮮が「顧客」に

アブドル・カディル・カーンは、自分の名を冠したカーン研究所を主宰して核開発事業を指揮し、1980年代後半から90年代前半にかけてパキスタンの高濃縮ウラン開発を主導した。パキスタンは98年に核実験に成功。だが隣国インドが核能力を拡大するなかで、核爆弾搭載ミサイルを早急に確保する必要性に迫られ、他国に頼る近道を模索していた。

カーンはパキスタンの「核開発の父」として国民的英雄となったが、一方で新たな道を歩み始めた。それは、核の技術やノウハウ、機材をひそかに他国へ売りさばくことだった。

80年代後半に彼は、まずイランにウラン濃縮用の遠心分離機や設計図、関連機材を売り渡すようになる。その後、イラクやシリアに接近し、2000年代に入る頃にはリビアや北朝鮮も彼の顧客となった。

大方の見方では、93年12月にパキスタンのベナジル・ブット首相が訪朝したのは、北朝鮮とパキスタンが急速に協力関係を深める上で重要な一歩になったとされる。このときブットは、北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ノドン」の設計に関する詳細を持ち帰ったと報じられた。しかしブットは、北朝鮮のミサイル技術に資金を提供しただけという主張を繰り返した。

ブットの訪朝後、両国は防衛協力関係を強めた。96年か97年には、北朝鮮の国営企業である蒼光信用会社が、ミサイルの重要な部品、あるいはミサイル自体をパキスタンに納入し始めている。パキスタンは射程距離約1450キロの中距離ミサイルを「ガウリ」と改名し、98年には核実験に成功した。ガウリはノドンに若干の改良を加えたものとみられる。

だが90年代半ばになり、外貨準備高が急減したパキスタンは財政危機に見舞われる。この頃、カーンが北朝鮮側に核技術を提供していた物的証拠が初めて明らかになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シンガポール航空機、乱気流で緊急着陸 乗客1人死亡

ビジネス

トヨタ、米テキサス工場に5億ドル超の投資を検討

ワールド

米国務長官「適切な措置講じる」、イスラエル首相らの

ビジネス

日産、米でEV生産計画を一時停止 ラインナップは拡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル写真」が拡散、高校生ばなれした「美しさ」だと話題に

  • 4

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 5

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 6

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中