最新記事

日本経済

【浜田宏一・元内閣参与】国民の福祉を忘れた矢野論文と財務省

2021年10月22日(金)06時28分
浜田宏一(元内閣官房参与、米エール大学名誉教授)

「日本の財政事情は世界最悪」は事実誤認

政府債務に関する財務省の説明の仕方は論理的に明快ではある。それによると、日本国債の総額をGDPで割った数字は世界で突出している。国民はいずれ国債を返さねばならないのだから、政府が破たんしないように財政支出を切り詰めるか、増税を行わねばならない。政府の借金である国債を増やさないためには、毎年度予算で政府が借入超過にならないようにする、つまり年度ごとにプライマリー・バランスの均衡か黒字化を目標にすべきだ、というのである。

普通のビジネスや個人に借金が多すぎるというとき、われわれは何を基準にして多いというのだろうか。「年収に比べると借金が多すぎる」というのが、GDPの何倍も借金があるので日本は最悪という財務省の基準である。しかし、資産持ちの企業や人にそう問いかけても、「自分は資産を持っているのだから借金をしても大丈夫」と答えるであろう。金融資産だけでなく土地や森林、家屋など実物資産を持っている人に同じ問いかけをしても、「私は実物資産を持っているので、借金は多くても当然」という言葉が返ってくるであろう。

財務省自体がそのメンバーであるIMF(国際通貨基金)の2018年「財政モニター」レポートは、各国政府が実物資産を考慮したうえでどれだけ金持ちかという数字を計算している。もちろん推計には誤差もありうるが、実物資産も考えた2016年の日本政府の「金持ち度」を推計してみると、純資産で見ると日本はわずかに純債務国であるが、大債務国のポルトガルはもとより、英国、オーストリア、そしてアメリカなどよりも健全な、純債務の相対的に少ない国なのである。財務省の広報などで描かれている大債務国日本のイメージとは大いに異なる(ダグ・デッター、ステファン フォルスター著『政府の隠れ資産』[小坂恵理訳、東洋経済新報社]にも世界各国の比較がある)。

要するに、日本政府の持っている実物資産を考慮に入れれば、日本は決して世界最大の債務国ではない。これが矢野論文のデータ上の事実誤認である。しかも財務省は、その広報などで「日本は世界最大の債務国だ」ということを国民の意識に、あるときには経済学者の意識にまで植え付けようと躍起となっているように思える。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾議会、改革巡り紛糾 野党案への抗議で数百人がデ

ワールド

中国の過剰生産能力、欧米は連携して対応する必要と米

ワールド

ロシアの制裁逃れ対策強化を、米財務長官が欧州の銀行

ワールド

シリア大統領夫人、白血病と診断 乳がん克服から5年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 9

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中