最新記事

アメリカ社会

寝室に踏み込んだ警官3人が黒人女性を撃ち殺しても、誰も殺人罪に問われない不正義

Officer Involved in Breonna Taylor Shooting Not Charged in Her Death

2020年9月24日(木)17時20分
エミリー・チャコール

事件から半年以上経った今も、テイラーの死を悼む人は絶えない Bryan Woolston-REUTERS

<公正な裁きを求める市民の声に押され、大陪審は「無謀な危険行為」の容疑での起訴を決定>

救急救命士として働く26歳の黒人女性ブレオナ・テイラーがケンタッキー州ルイビルの自宅アパートで恋人と就寝中、「ノックなし」の家宅捜査を認める令状を持った警官が部屋に踏み込み、恋人と警官の撃ち合いのなかでテイラーが死亡する悲劇が起きたのは今年3月。それから半年余り経った今、家宅捜査に加わった元警官のブレット・ハンキソンは殺人罪ではなく、第1級の「無謀な危険行為」で起訴されることになった。

アメリカの司法制度では、検察ではなく、一般市民の陪審員で構成される大陪審が、容疑者を刑事訴追するかどうかを審査する。ジェファーソン郡大陪審はハンキンソンを訴追するに足る十分な証拠があるとして、9月23日午後、起訴状を提示した。ただしそれはテイラーを撃ったからではなく、ハンキンソンの撃った弾の何発かが壁を貫通して隣室に達していたからだという。

大陪審は、捜査中にやみくもに10発もの弾を発砲したハンキンソンの行為は「無謀な危険行為」に相当すると認めたが、テイラーを殺した罪は問わず、1万5000ドルでハンキンソンの保釈を認めた。

テイラーのアパートに踏み込んだ警官は、ハンキンソンも含め3人だが、残る2人、ジョナサン・マッティングリー巡査部長とマイルズ・コズグローブ巡査は不起訴となった。

3人の警官のうちハンキンソンだけが6月に免職処分になった。

ケンタッキー州のダニエル・キャメロン司法長官は大陪審の発表後、州司法長官事務所とFBIが行ったこの事件の捜査について、もう少し詳しい情報を提供した。それによれば、ハンキンソンが放った銃弾はテイラーのアパートの中庭に通じるガラス戸や窓などにも当たっていたが、それらは問題にされず、隣室の住人を危険にさらした発砲だけが起訴理由になった。ハンキンソンが撃った銃弾がテイラーに当たったことを「結論付ける証拠は一切なかった」と、キャメロンは断言した。

ビヨンセも抗議

捜査により、テイラーのアパートで放たれた20発の銃弾の1発がテイラーに致命傷を負わせたことが分かっており、FBIの分析で、その1発はコズグローブが撃ったことが確認されている。にもかかわらず、マッティングリーもコズグローブも不起訴となった。キャメロンによれば、テイラーと同じベッドで寝ていた恋人のケネス・ウォーカーが先に発砲したため、マッティングリーとコズグローブの発砲は「正当防衛」とみなせるからだ。ウォーカーは就寝中に突然、ドアを蹴破って踏み込んできた私服警官を強盗と間違えて発砲したと供述している。

大陪審の判断を「不満に思う人もいるだろう」と、キャメロンは認めた。州司法長官事務所は、今後行われる裁判で、「無謀な危険行為」の罪でハンキンソンの有罪を立証する考えだ。

事件直後から州内では、テイラーの死を悼み、公正な裁きを求める声が広がり、それに押される形でハンキンソンの起訴が決まった。

今年2月には、ジョージア州でジョギング中の黒人男性アマド・オーブリーが元警官親子に射殺される事件が起きたが、容疑者親子が逮捕されたのは5月初め。事件の一部始終をとらえた動画がウェブ上で拡散したためだった。さらに5月末にはミネソタ州で黒人男性のジョージ・フロイドが白人警官に首を押さえ付けられて死亡。やはりその模様を伝える動画が世界に衝撃を与え、白人警官による黒人への差別と暴力に抗議する運動が一気に広がった。こうしたなかでテイラーの事件への関心も再び高まり、著名人が声を上げ始めた。

6月には歌手のビヨンセがキャメロンに3人の警官を逮捕するよう訴え、市警が何ら対策を取っていないことを問題にした(ハンキンソンが免職処分になったのはその後だ)。実はルイビル市警はテイラーの死について内部調査を行い、5月にその結果をキャメロンに報告していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

旧ソ連モルドバ、EU加盟巡り10月国民投票 大統領

ワールド

米のウクライナ支援債発行、国際法に整合的であるべき

ワールド

中ロ声明「核汚染水」との言及、事実に反し大変遺憾=

ビジネス

年内のEV購入検討する米消費者、前年から減少=調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中