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インドネシア軍、パプア山間部で親子を殺害 武装組織メンバーと弁明するも真相は?

2020年7月23日(木)18時01分
大塚智彦(PanAsiaNews)

パプア人が直面する治安問題とコロナ

こうした衝突が発生するたびに治安当局は武装勢力による事件と断定することが続いている。パプア地方では独立を求める武装組織「自由パプア運動(OPM)」による抵抗運動が各地で小規模ながら続いている。そのOPMは複数の分派や自称グループなどに分かれていて、必ずしも統一された命令系統の組織として活動している訳ではなく、また地域ごとに複数の司令官が部隊指揮を執っているともいわれている。

そうしたなか、中部山岳地帯で主に活動するOPMのグループはエギアヌス・コゴヤ司令官が指揮する組織とされ、2018年12月の道路建設作業員襲撃事件や2019年3月の陸軍部隊待ち伏せ攻撃も同グループの犯行とみられている。

今回の親子2人殺害に関して、軍は2人がこのコガヤ司令官が指揮するグループのメンバーであり、特に息子のスル氏は以前からメンバーとしてマークしてその行方を追っていた、と説明している。

しかし軍の説明が事実としても検問での尋問で射殺するような逼迫した場面が果たして生じたのか、それとも「超法規的措置」として一方的に殺害したのか、軍もその経緯について現段階では詳らかにしていないため、真相は藪の中である。

7月19日の日曜日、ケニャムでは多くのパプア人が恒例のキリスト教会日曜ミサに参加せず、ケニャム空港近くで実施された街頭デモに参加し、スル氏親子2人の遺体返還を治安当局に対して求めたという。

その後遺体は返還され、近くの墓地に埋葬されたと地元紙は伝えている。その同じ墓地には2019年12月に射殺された県副長官側近のパプア人も眠っているが、その事件の犯人はいまだに逮捕されていないという。

ジョコ・ウィドド大統領は依然として猛威を振るい感染者が9万人を超え、感染死者も4500人に迫っているコロナウイルス対策で頭を抱えているが、国内34州のうち特に感染が深刻な8州での感染拡大防止策の強化、徹底を指示している。

パプア州はその8州の中に含まれており、パプア州のパプア人にとっては治安当局との衝突激化による治安悪化と同時にコロナウイルス感染も日常生活にとって深刻な問題となっている。


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大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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