最新記事

感染症対策

独メルケル首相が選んだ対コロナ国際協調 トランプの内向き姿勢と一線

2020年6月15日(月)11時16分

封じ込めへ決意表明

3月11日、WHOはパンデミックを宣言した。

翌日、メルケル氏は首相府1階の国際会議室に各州・都市の首長を集め、会議を開いた。出席者によれば、国内トップクラスのウイルス専門家も招かれ、冒頭に見解を求められたという。

3人の科学者は、ドイツの病院は設備が整っているとはいえ、新規感染のペースがこのまま続けば、早ければ6月には限界を超えてしまう可能性がある、と警告した。

「3人の意見陳述の間、会議室に集まった面々はじっと黙り込んでいた」と、出席者の1人は語る。

会議ではその後、全16州の知事が、市民の生活を制限しなければウイルスを封じ込められないという点で合意した。メルケル氏と知事たちは、鉄道による移動や宗教行事、遊技場の利用や観光の禁止を含む措置を発表した。

メルケル氏に近い関係者によると、首相は全国規模の対応を正当化できる状況になるまで、公式に関与することを控えていたという。

3月18日、メルケル氏は思い切った行動に出た。首相就任以来15年、新年恒例のスピーチを除けば初めてとなるテレビ演説を行った。約2500万人の視聴者が、対応策を説明するメルケル氏の言葉を聞いた。

「東西の統一以来、いや実際には第2次世界大戦以来、これほど連帯して行動することが不可欠の危機がドイツに訪れたのは初めてだ」と、メルケル氏は訴えた。

メルケル氏は2018年10月、キリスト教民主連盟の党首として再選を目指さないと表明していた。しかしこのテレビ演説の後、支持率は80%超に上昇した。

自責の念

世界各国もこの間、感染拡大の脅威を理解するようになっていた。多くの国が防護具の確保を焦り、独善的な動きに出ていた。ドイツも例外ではなかった。

ドイツは3月4日、パニックを防ぎ、供給を安定させる方策として、マスクや手袋、ガウンといった防護具の輸出を禁止する世界の潮流に乗った。爆発的に感染が広がっていたイタリアが医療用品の緊急支援を求めたとき、EU(欧州連合)諸国はどこも要請に応じなかった。

これはメルケル氏が重視した国際協調主義の原則と矛盾していた。欧州各国の政治家たちはお互いに、利己主義を抑えようと呼びかけ始めた。フランスのマクロン大統領は、政治プロジェクトとしてのEUは崩壊の危機にあると語った。

こうした批判が高まる中で、EU執行部の欧州委員会が動き出し、加盟各国に対して輸出禁止を解除し、より小規模な加盟国への供給体制を整えるよう要請した。

ドイツとフランスは禁輸措置を解除し、内向きの議論から変化していった。ドイツの複数の州では、州内病院の集中治療室にイタリアやフランスの患者を受け入れるようになった。

後にメルケル首相は連邦議会に対し、禁輸措置を導入したことについて、EU加盟国間の供給を阻害することにつながったとして、「我々は自ら災いを招いてしまった」と述べた。

それ以来、メルケル首相は一貫して連携を強化することに注力している。ただし、それにも限度がある。連邦政府は4月、中国の新型コロナウイルス対応について「肯定的な公式声明」を出すことを求める中国外交筋の要請には応じていないと明らかにした。

5月、メルケル首相は過去数十年の財政緊縮路線から離れ、新型コロナウイルスで最も深刻な打撃を受けた諸国に対する経済的な救済のため、5000億ユーロのEU復興基金を新たに設立することでマクロン仏大統領と合意した。

「今回の危機を、1つの国が独力で解決することはできない」と、メルケル氏は話す。「我々は共に行動しなければならない」


Andreas Rinke(翻訳:エァクレーレン)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【関連記事】
・東京都、新型コロナウイルス新規感染47人 40日ぶりで40人超え
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・ロンドンより東京の方が、新型コロナ拡大の条件は揃っているはずだった
・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら...


20200616issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月16日号(6月9日発売)は「米中新冷戦2020」特集。新型コロナと香港問題で我慢の限界を超え、デカップリングへ向かう米中の危うい未来。PLUS パックンがマジメに超解説「黒人暴行死抗議デモの裏事情」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中