最新記事

人種問題

インドネシア、国家反逆容疑パプア人に禁固11カ月の判決 求刑17年がなぜ?

2020年6月19日(金)20時08分
大塚智彦(PanAsiaNews)

「パプア独立運動」は国家の統一を乱す「反逆行為」

非パプア人であるインドネシア人の間にはパプア人を「未開の非文明人」「教育水準の低い民族」「(キリスト教徒であることから)飲酒を好む怠け者」などとして蔑み、「サル」「ブタ」などと差別する傾向が強いのは否定できない事実である。

特にパプア人が抱く「独立」への願いはインドネシアにとっては国家の統一を乱し、分裂を招く「国家への反逆行為」として治安当局が厳しく取り締まっている。

細々とではあるがパプア地方で続く独立武装組織「自由パプア運動(OPM)」による抵抗運動に対しても軍や警察は人権侵害もいとわない弾圧を続けているとされている。

こうした事態にパプア問題の専門家で支援活動家でもあるベロニカ・コマンさんはインドネシアのメディアに対して「判決には正直驚いたが、差別判決であることには相違なく、これを寛大な判決ととらえるのではなく、無罪判決こそ正しい判決と考えなくてはならない」と語る。

さらにコマンさんは「裁判官は検察側の求刑通りの長期刑を言い渡すことで、さらなるパプア人や支援者の怒りを招き、インドネシア社会が混乱することを危惧したのではないか」と指摘している。

こうした検察側の求刑を大幅に下回る判決の背後には当局の指示、思惑があるのは確実とみられている。

ただそれがパプア問題解決を重要視するジョコ・ウィドド大統領周辺の思惑なのか、あるいはコロナ感染拡大防止に大動員されて手一杯の状態にある軍や警察など治安当局の思惑なのか、現段階では判然としない。

弁護側・検察側ともに控訴せず今回のバリクパパン地裁の判決が確定すれば、その出所不明の思惑がもつ「影響力の大きさ」が分かることになるとみられ、今後の動きが注目されている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


【話題の記事】
・東京都、新型コロナウイルス新規感染41人 6月の感染合計440人に
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・感染者・死者ともにASEAN最悪に インドネシア、新型コロナ感染拡大しても規制緩和の愚策
・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら...


20200623issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月23日号(6月16日発売)は「コロナ時代の個人情報」特集。各国で採用が進む「スマホで接触追跡・感染監視」システムの是非。第2波を防ぐため、プライバシーは諦めるべきなのか。コロナ危機はまだ終わっていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハリコフ攻撃、緩衝地帯の設定が目的 制圧計画せずと

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中