最新記事

中国映画界

中国公認の反逆児、ジャ・ジャンクーの次なるビジョン

Inside Man

2019年5月29日(水)12時30分
ダニエル・ウィトキン(映画評論家)

社会に根付く不安を描く

こうした象徴的な風景の中をヒロインはさまよう。自分を捨てた男を忘れることができず、彼が率いた結束の固い組織も今や仲間割れして争っている。傷つきやすさと鋼鉄のような意志を巧みに表現する趙は、ハリウッド黄金期の大女優さながらの魅力を放ち、その感情豊かな演技は作品に深みを与える。

賈はこの作品をギャング映画として撮ったと言うが、窮地に陥ってもしたたかに立ち直る女性像は、昔のアメリカ映画にはなかったものだ。作品の主題は前作2本と同じく、金銭によってむしばまれる人間関係。主役の男女も現代中国の弱肉強食の世界で引き裂かれてしまう。

ドキュメンタリー映像を挿入しながら国の歴史を物語形式で見事にまとめ上げる賈は、中国政府にとって期待の星であると同時に、検閲当局に目を付けられてもいる。

そんな賈の姿勢に異を唱える向きもある。国内で作品を上映するために自己規制している、その証拠に汚職役人は描かない、と。実際、もっと先鋭的な独立系監督である応亮や王兵の作品は、政府による国民の権利の侵害を強く批判している。

とはいえ『帰れない二人』の持つ批判精神は薄っぺらなものではなく、作品そのものに力がある。役人の悪行を描写しなくても、賈は政府がうたう「復活した中国」という公式の物語とは全く対照的な「不安」を描き出している。それは社会に深く、 広く根付いた不安だ。

国内で上映できなかった『罪の手ざわり』では、現代中国で金に目がくらんだ人間が犯罪に手を染めた。しかし『帰れない二人』では逆に、裏社会の人間がゆっくりと、金が全ての資本主義社会に溶け込んでいく。

どちらも悲しい話だが、後者のほうが闇は深いように思えてしまう。

From Foreign Policy Magazine


20190604cover-200.jpg
※6月4日号(5月28日発売)は「百田尚樹現象」特集。「モンスター」はなぜ愛され、なぜ憎まれるのか。『永遠の0』『海賊とよばれた男』『殉愛』『日本国紀』――。ツイッターで炎上を繰り返す「右派の星」であるベストセラー作家の素顔に、ノンフィクションライターの石戸 諭が迫る。百田尚樹・見城 徹(幻冬舎社長)両氏の独占インタビューも。

[2019年5月28日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

旧ソ連モルドバ、EU加盟巡り10月国民投票 大統領

ワールド

米のウクライナ支援債発行、国際法に整合的であるべき

ワールド

中ロ声明「核汚染水」との言及、事実に反し大変遺憾=

ビジネス

年内のEV購入検討する米消費者、前年から減少=調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中