最新記事

フランス

フランスで怒りの追悼行進──救急車に来てもらえず女性が死亡、医療体制劣化が原因か

2018年5月22日(火)17時20分
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

救急車を拒絶されて死んだナオミ・ムセンガ Justice pour Naomi Musenga/Facebook

<「死にそう」「助けて」と訴えたのに「人はいつか死ぬ」と笑われ、ついに救急車を呼んでもらえず死んだ女性の無念を繰り返してはならない>

東フランスの中心都市ストラスブールで、救急車を呼んだのにオペレーターに「人はいつか死ぬ」などと嘲弄されて相手にされず死亡した22歳の女性ナオミ・ムセンガさんの追悼行進が5月16日に行われた。報道をきっかけにできた市民団体「ナオミに正義を」の呼びかけによるもので、「ナオミ・ムセンガに正義と真実を」という横断幕を先頭に1500人が行進した。パリのオペラ広場と南仏バランス市でも同様の行進が行われた。

事件が起きたのは、昨年12月29日。それを、地元紙「Hebdi(エブディ)」が4月27日号の紙面とネットで伝えて大きく広がった。

改めて通話記録を聞き直してみたい。

「助けて」「とても痛い」と弱々しく言うムセンガさんに対して、女性オペレーターは冷たく「何が起きているのか言わないのなら切りますよ」とか「医師を呼びなさい」とぞんざいに答える。「死にそう...」とうめくと「そう、あなたはいつか必ず死ぬのよ、みんなと同じように」と小馬鹿にし、往診専門の医療機関「SOSメディサン」の電話番号を教えた。

それでも「助けてマダム...」というムセンガさんに、オペレーターは「助けられません、あなたがどういう具合なのかわからないから」と言い放つ。「とても痛いとても痛い」と繰り返すムセンガさん。ここではじめて「どこが」と質問する。「お腹がとっても痛い......どこもかしこも」と訴えても、オペレーターはSOSメディサンの番号を繰り返し、自分で電話しなさいの一点張りだ。

ついに諦めてムセンガさんは電話を切った。結局、数時間後ムセンガさんは自らSOSメディサンを呼び、往診した医者が救急通報して搬送されたが、病院到着後まもなく多臓器不全で死亡した。


「ナオミに正義を」の追悼行進(5月16日) Facebook

珍しいことではない

オペレーターは停職となり、両親はオペレーターと通報本部が置かれていたストラスブール大学病院を告訴、検察も捜査を始めた。

一方では、無関係な同僚オペレーターたちの写真、姓名、住所、電話番号が「晒され」、ツイートでの脅迫もあった。オペレーターの一人は家に居られなくなり、子供たちも学校に通えなくなっているという。

じつは、この女性オペレーターのような対応はよくあることだ。事件が報道されてから、次々と過去の事例について訴訟が起きている。オペレーターのぞんざいな対応例がいくつも報告されている。

ムセンガさんは生前一人暮らしをしていたが、両親はコンゴ出身で、父はストラスブール近郊の貧民街にある福音派教会の牧師であった。そのためフランスのネットでも事件は人種差別だったのではないか、という声があるが、そうとは限らない。私の周囲の白人にもいい加減にあしらわれた例あるし、新たに出てきた訴訟や事例にも人種の偏りはない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中