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少数民族

ASEANはなぜ議長声明からロヒンギャ問題を外したのか

2017年11月14日(火)17時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

急ごしらえの筏で川を渡り、隣国バングラデシュに逃れるロヒンギャ難民(11月12日) Mohammad Ponir Hossain-REUTERS

<ASEAN首脳会議は、ミャンマーが自国の少数民族ロヒンギャに対して行っている「21世紀最悪の虐殺」を声明に盛り込まず、素通りした。ASEANがロヒンギャ危機の存在さえ認められなかった理由>

11月13日、14日にフィリピンのマニラで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議は、北朝鮮の核・ミサイル問題、南シナ海の領有権問題、経済などの議論に時間が費やされ、域内最大の人権侵害事案として国際社会が注目していたミャンマーのロヒンギャ問題については一部加盟国からの言及はあったものの、議長声明には「ロヒンギャ」という言葉もロヒンギャに対する人権侵害の実態も盛りこまれないことになった。

これはASEANが発足当初から貫いている「内政不干渉」と「全会一致」という原則に基づくもの。とはいえ、国際社会が注目する問題についてミャンマー政府に圧力をかける、あるいは重大な人権侵害に対する懸念や関心を示すことですら意見集約できなかったことに、ロヒンギャ支援組織や国際的な人権団体、ASEAN内部からも「失望」が広がっている。

ロヒンギャ問題は8月25日にミャンマーのラカイン州などに居住するイスラム教徒ロヒンギャ族の武装組織が警察署を襲撃した事件を契機にミャンマー国軍がロヒンギャ族の掃討作戦を開始、軍兵士による殺害、暴行、放火などの人権侵害が深刻化した。その結果として約60万人のロヒンギャの人々が国境を越えて隣国バングラデシュに避難、難民化している。

国際社会はノーベル平和賞受賞者でもあるミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相に対し、軍への毅然とした対応と人権配慮を求めているがミャンマー政府は人権侵害の存在を否定、あくまで国内問題であるとの立場を貫いている。

11月13日に行われたASEAN首脳会議について議長国であるフィリピンのハリー・ロケ大統領報道官は会見で「首脳会議では2、3の首脳がロヒンギャ問題に言及した」ことを明らかにしたが、どの首脳が発言したかについての言明は避けた。しかし、その後の報道などによると、マレーシアとインドネシアがロヒンギャ問題を取り上げたことがわかった。

インドネシア大統領は問題に言及

世界最大のイスラム教徒人口をもつインドネシアのジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領はかなりの時間をかけてこの問題に対するインドネシアの立場とASEANによる結束した対応の必要性について述べたという。「ロヒンギャ問題の複雑さは十分理解しているが、ASEAN加盟国を含めた国際社会はこの問題に対して沈黙してはいけない」とジョコウィ大統領は力説し、「この問題の解決が長引けば、過激主義や人身売買などがはびこり、地域の安全と安定が損なわれることになる。ASEANは問題解決に向けた信頼と連帯が求められている」と、一致して問題解決に臨む姿勢の必要性を強く訴えた。

しかし、インドネシア、マレーシアを除く他の加盟国はミャンマーのスーチー国家顧問兼外相による「ミャンマー政府は具体的成果を出すためにこの問題に積極的に取り組む用意がある」という極めて抽象的、あいまいな発言をよしとして、具体的な発言を回避してしまった。

タイの英字紙「ネーション」によれば首脳会議開催前にタイはミャンマーに対して「ロヒンギャ」という呼称を使用せず「ベンガル人」とすることに同意する旨を伝えていたという。

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