最新記事

映画

実写版『ムーラン』の迷走に学ぶ中国ビジネスの難しさ

Disney’s ‘Mulan’ Disaster

2020年10月10日(土)11時30分
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌シニアエディター)

中国のスターをそろえた『ムーラン』はヒット確実に見えたが(北京のバス停に貼り出されたポスター) CARLOS GARCIA RAWLINS-REUTERS

<大ヒット確実と言われたディズニー渾身の最新映画がまさかの大ひんしゅく──13億人の中国市場に甘い夢を見る多国籍企業が直視すべき教訓とは>

ディズニーの最新映画『ムーラン』が迷走している。

もともと4月に公開予定だったが、コロナ禍による延期の末に劇場公開を見送り、ディズニーのストリーミングサービス「ディズニープラス」で有料配信することに。昨年8月には、主人公を演じる劉亦菲(リウ・イーフェイ)が、香港の民主化運動を弾圧する警察への支持を表明したため、ソーシャルメディアを中心にボイコットを呼び掛ける声が広がっていた。

ようやく9月4日にネット配信が始まったと思ったら、撮影の一部が行われた新疆ウイグル自治区の治安当局への謝辞がエンドクレジットに含まれていた。この組織はウイグル人に対するジェノサイド(民族浄化)の実働部隊であり、人権団体やメディアから猛批判が起きた。

それでもディズニーは、中国市場でのヒットという一発逆転に望みを懸けていた。ところが9月11日の劇場公開直前になって、政府当局から映画に関する報道を一切禁止する通達が出たという。

作品の評判も振るわない。中国最大の映画情報サイト豆瓣(ドウバン)の口コミ評価は10点満点中5点弱。評判が評判を呼んで大ヒット......とはいきそうにない。

こんなはずではなかった。中国の伝説をベースにした人気アニメ映画を実写化する今回のプロジェクトが2015年にスタートしたときは、成功の条件はそろっているかに見えた。ウイグル人への迫害は始まっていたが、国際ニュースのトップを飾るほどの注目は集めておらず、ビジネス上の問題はなさそうだった。

米議会が人権問題を取り上げることはあっても、米政府が国内での中国企業の活動を禁止したり、米大統領が世界的な感染症危機を「チャイナ・ウイルス」とけなすこともなかった。そして香港には、まだ言論の自由があった。

そもそもハリウッドは、かなり前から中国政府に忖度した映画作りをしてきた。中国政府をわずかでも批判するアメリカ映画が最後に作られたのは、20年以上前のことだ。

だが習近平(シー・チンピン)国家主席が国内の締め付けを強化し、アメリカでドナルド・トランプ大統領が誕生してナショナリズムが強まると、米中関係は急速に悪化。企業は数年前、場合によっては数カ月前に交わした合意でさえ一夜にして崩壊するリスクにさらされている。

もちろんビジネスの世界では、どんな国が相手でもこうしたリスクはある。だが中国の場合、崩壊のスピードと規模がとてつもない。それを思い知らされた企業はディズニーだけではない。

もはや「様子見」は危険

米プロバスケットボールのNBAやサッカーのイングランド・プレミアリーグは、香港の民主化運動を支持する姿勢を打ち出した影響で莫大な放映権収入を失った。カナダの菜種油メーカーは、自国政府が中国企業幹部を逮捕したために、中国への輸出を1年間阻まれた。韓国の大手百貨店ロッテグループは政府にミサイル防衛システムの建設用地を提供したため、中国全土でボイコットに遭った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中