最新記事

SDGs

「産業革命以来の大変革」は間近──電力会社が挑戦する「水素社会」

THE PROMISE OF HYDROGEN

2023年3月24日(金)12時30分
パンドラ・デワン

230321p24_GSS_02.jpg

水素社会の先駆けとなる抱負を語ったハイグリッド・プロジェクトの記者発表 COURTESY NATIONAL GRID

天然ガスや石炭など化石燃料に含まれるメタン(CH4)を高温の水蒸気と反応させて水素を抽出する「水蒸気メタン改質」と呼ばれる製造法では、抽出過程でCO2が放出される。この方法で生産した水素は「グレー水素」と呼ばれ脱炭素には役立たないが、排出されたCO2を回収して地中貯留などの処理をすれば、グレー水素はより環境に優しい「ブルー水素」となる。

さらに、原子力発電による電力で水を電気分解して製造した水素を「ピンク水素」と呼ぶなど、さまざまな「色」の水素がある。DOEは混乱を避けるためCO2排出量が少ない製造方法でつくられた水素をまとめて「クリーン水素」と呼んでいる。DOEの定義では、水素1キロの製造でCO2排出量が2キロ未満であれば、クリーン水素にカテゴライズされる。

DOEの推定によると、現在アメリカで生産されている水素は年間1000万トン。米国内には2500キロ以上に及ぶ水素パイプラインが整備されていて、ほぼ全ての州に水素の製造施設がある。だが現在製造されている水素の大半はグレー水素で、製油所や肥料工場などで使われている。

グリーン水素に限らず水素普及の大きな障壁は安全性だ。水素は無害だが可燃性ガスで、天然ガスやガソリンよりも着火しやすい性質を持つ。そのため水素を扱う施設には換気を確保し、漏洩を防ぐなどの安全対策が求められる。幸い、水素は幅広い用途で既に安全に利用されてきた実績がある。

「米国内でも世界各地でも、さまざまな装置で安全に利用されており、高圧ガスの形でも液化水素でも安全に輸送・貯蔵できる」と、ギルソンは保証する。

ギルソンによれば、普及の鍵を握るのは幅広い用途での活用が社会に受容されること。輸送インフラが整備されれば、「より低コストで量産できる地域から人口密度が高い地域に水素を輸送できるようになり」、普及に弾みがつくという。

多くの米企業が、既存の天然ガスの供給網にクリーンな水素を混ぜてCO2排出量を抑える試みに挑んでいる。

こうした事業の1つがハイグリッド・プロジェクト──ナショナル・グリッドがニューヨーク州ロングアイランドで地元の自治体と共同で始めた事業である。実証試験では天然ガスに最大20%のグリーン水素を混合し、既存の施設を使って約800戸の住宅の暖房用に供給公用車するほか、自治体の10台の燃料として利用するという。

ギルソンによれば、水素と天然ガスの混合比率については世界中で多数の研究が行われており、「わが社の研究チームは水素の性質を厳密に調べ、(ロングアイランドの)施設では天然ガスに最大20%混ぜれば安全性を確保できることを突き止めた」そうだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国4月鉱工業生産、予想以上に加速 小売売上高は減

ワールド

訂正-ポーランドのトゥスク首相脅迫か、Xに投稿 当

ビジネス

午前の日経平均は反落、前日の反動や米株安で

ビジネス

中国新築住宅価格、4月は前月比-0.6% 9年超ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中