コラム

ムラー報告書を切り抜けても「トランプゲート」は終わらない

2019年03月16日(土)14時20分

NYのトランプ・タワーでロシア情報機関の「関係者」との会合が行われた Brendan Mcdermid-REUTERS

<本丸はロシアゲートより数々の経済犯罪だ――もしトランプが大統領の地位を失えば刑事訴追は免れない>

ロバート・ムラー特別検察官は、過去1年間で最も有能な公職者だった。ロシアゲートの捜査で1つの敗北も喫することなく、トランプ米大統領の側近たちによる常識外れの犯罪行為を暴き出したのだから。

ムラーは17年5月に司法省から特別検察官に任命された際、「ロシア政府とトランプの選挙運動関係者のつながりや共謀関係」を捜査する権限を与えられた。それから2年足らずで、ムラーはトランプの側近5人に有罪を認めさせ、6人目を起訴。ロシアの個人または組織29組を告発した。加えて、トランプの選挙対策チームとロシアの驚くべき共謀関係も明らかにした。

ただし、トランプ本人の関与が認定される可能性は低そうだ。近く提出されるムラーの報告書には何らかの制限、特に内容の公開についての制限が加えられる公算が大きい。

トランプが任命したバー司法長官は、議会にはムラー報告書の概要のみを示す姿勢をにじませている。つまり、大統領の関与を強く示唆する証拠は公開しない可能性が高いということだ。ムラーも刑事告発以外の目的の文書公開には消極的だ。

それでも、トランプにとって気掛かりな先例が2つある。まず、弾劾訴追された最後の大統領ビル・クリントンのケース。もともとの捜査は土地取引と不正融資に関わるものだったが、弾劾訴追に至った理由はホワイトハウスの実習生との不倫関係をめぐる偽証だった。

ムラーの捜査がきっかけとなり、トランプの不正行為に対するその他の捜査や追及が次々に始まる可能性は十分にある。民主党のアダム・シフ下院情報特別委員会委員長は、組織犯罪捜査の経験がある元検事を雇い入れた。トランプのマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑をめぐる捜査が始まる可能性を予兆する動きだ。

背筋が凍るような予言

第2の先例は、弾劾直前に自ら辞任した唯一の大統領リチャード・ニクソンのケースだ。ニクソンの転落を決定づけたのは、側近の1人だったジョン・ディーン元補佐官の証言だった。

米下院では先日、トランプの最側近だったマイケル・コーエン元顧問弁護士が公聴会で証言。税関係書類の虚偽記載に関連して、トランプは平気で法律を破る詐欺師だと非難した。

ロシアとの共謀については直接の証拠はないが、「疑惑」を持っていたと語り、ロシアの情報機関とつながりがある弁護士とのトランプ・タワーでの会合を主導したのはトランプだったと思うと発言した。

さらにモスクワのトランプ・タワー建設計画をめぐる自分の虚偽証言は、トランプの弁護団が「編集した」ものだと主張。16年大統領選の対立候補だった民主党のヒラリー・クリントンに打撃を与える電子メールをウィキリークスが公開するという情報を、トランプは事前に知っていたとも語った。

だが証言のハイライトは、トランプがやったとされる金融関連の不正行為の数々だろう。ムラーの捜査がトランプとロシアの共謀関係を立証する可能性は低いが、トランプが金融関連の違法行為に関与していたことはほぼ確実に証明されるはずだ。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米5月住宅建設業者指数45に低下、1月以来の低水準

ビジネス

米企業在庫、3月は0.1%減 市場予想に一致

ワールド

シンガポール、20年ぶりに新首相就任 

ワールド

米、ウクライナに20億ドルの追加軍事支援 防衛事業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story