コラム

データ偽装問題と無資格検査、全く違う国際的影響

2017年11月30日(木)16時15分

例えば、日産の場合「38年も無資格でやっていた」ことで、メディアから散々叩かれています。所轄する官庁が「38年も」と言って怒るのならまだ理解できます。ですが、一般のユーザーの立場からすれば、38年間「無資格検査員の完成車検査」で問題が出なかったのですから、「無資格者でも問題ない」ということが統計的に証明されたようなものです。それを「38年も続く不正」などと報道するのはバランス感覚を疑います。

何よりも、現在の自動車製造というのは高度な自動化がされ、製造過程でのエラーは、全てセンサーやカメラなどで高精度なチェックがされます。これに、改善を重ねたマニュアルに基づいたヒューマンな目が要所要所で入る仕組みです。メーカーとしては、38年間にわたってクルマづくりに関する「高精度な作り方」を練り上げていて、さらにそれを世界で標準化しているわけです。

それにも関わらず、社内の高精度な検査をして合格した後に、もう一度最後の工程として38年以上も前からやっている「水をかけて雨漏りを調べる」などといった検査を行うというのは、これはほとんど儀式的な意味合いしかないわけです。

例えば日産の場合は、事実上は「ルノー=日産」という多国籍自動車メーカーとして活動する中で、日本の日産自動車というのはその一つの部門に過ぎないわけです。その「ルノー=日産」としては、日本の「難しい試験に合格した検査員による38年以上前の思想による完成車検査」というのは、一種の「非関税障壁」に過ぎない、そんな認識をしていた可能性があります。

例えば、10月下旬の時点でトヨタの豊田章男社長はNHKのインタビューの中で、トヨタについては「資格問題」についての問題は起こしていない一方で、この「制度には問題がある」という発言をしていますが、当然のことと思います。

日産は、とにかく一般世論に「ルール破りをした日産は悪い」という印象を与えたわけですが、どういうわけか多くのメディアがそのことを過剰に報道してしまい、結果的に「とりあえず制度は守らなくてはならない」という印象論が広まってしまいました。つまり、必要な改革が妨害されたのです。この点に関しては、メディアに大きな責任がありますが、日産も大いに反省しなくてはなりません。

いずれにしても、やはりこの自動車の「無資格検査」の問題と、一連の素材メーカーの品質偽装問題は、深刻度が違うと思います。何よりも国際的な問題として、日本の製造業への信頼を傷つけたということでは、神戸製鋼、三菱マテリアル、東レの問題は深刻ですが、日産とSUBARUの問題は、少なくともダメージはありません。そこが混同されていることに違和感を覚えます。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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