コラム

同性愛者からの仕事の依頼を断るのは「表現の自由」なのか?(パックン)

2023年07月22日(土)20時22分

芋づる式に権利が奪われないといいが…(米最高裁前でLGBTの権利擁護を訴える人々、22年12月) KEVIN LAMARQUE-REUTERS

<米最高裁が同性カップルへのサービス提供を拒否したキリスト教徒を支持する判決を下した。だけどこれが許されれば、理屈としては人種差別も「合法化」されることになってしまう>

変な質問だけど、泥酔状態で裸で寝てしまって、自分の息子に恥ずかしい姿を見られたことは、みなさんあるかな?

もしあったとしたら、息子に対してその後どう振る舞う? 息子の子供(つまり自分の孫)が奴隷になるように呪ったり......しないよね。しかし、過去にはそんな過剰反応をしてしまった親がいたようだ。

旧約聖書の「創世記」によると、そんなふうに酒癖も子育て法も最低な親だったのは、箱舟で有名なノア。彼の裸を見てしまったのは息子のハム。呪われたのがハムの子供のカナン君。惨めなことに呪い通り奴隷になり、ハムの兄弟でカナンの叔父であるセムとヤぺテに所有されてしまう。最悪だね。

しかも、呪いは一代で解けない。カナン君の子孫も未来永劫、セムの子孫とヤペテの子孫の奴隷になる運命を背負うことになった! 裸を見られただけでこんな惨い罰を孫とその子孫に与えるなんて......あんな大きな船を持つノアだが、人としての器は小さすぎるね。

そして、これは一家族の面白エピソードではなく、人間社会に大きな影響を残すターニングポイントとされている。大洪水でノア一家以外の人々が全員が溺れ死んだため、今生きている全地球人にとっては、ノアの息子3人がご先祖様だ。セムの子孫はヘブライ人(ユダヤ人)。ヤペテの子孫はヨーロッパ人。そして呪われたカナンの子孫はアフリカ人になった。だからアフリカ人はずっと奴隷になったとさ。

めでたしめでたし......じゃないよね。

信仰と差別禁止をてんびんに

なんでこんな荒唐無稽な話を紹介したのか? それはもちろん、僕が無理やりでも、年に1回ぐらい「比較宗教学部卒」にふさわしい解説コラムを書きたいからだ。でも、それだけではない。あるニュースについて、この聖書に基づいた「人種の差別信仰」を絡めて考えたいからだ。そのニュースというのは6月30日に下された、同性愛結婚と表現の自由にまつわる、アメリカ連邦最高裁の判決だ。

まず、経緯を説明しよう。コロラド州に住むウェブデザイナーの女性は、同性愛者の男性から結婚式に向けたウェブサイトの作成を頼まれたという。この女性はキリスト教徒として同性愛結婚に賛成できない立場だけど、コロラド州の法律では、サービス業者は人種、性別、性的指向などを理由に顧客を拒否することができないとされている。彼女は、信仰に反しても断れないこの法律は表現の自由を侵害しているとして、州政府を相手に裁判を起こした。

そしてコロラド地方裁、控訴裁を経て最高裁までたどり着いた末、女性の希望通りの判決が出た。すなわちウェブデザインは、表現者によるクリエイティブな仕事である。同性婚のためにウェブサイトを作ることは、自分が同性婚を支持すると表現することになる。思ってもいないことを、政府が強制的に表現させることはできない。ゆえに、同性婚の仕事を断ってもいいし、最初から自分のホームページにその「拒否宣言」を載せてもいい、というものだ。

そんな判決内容を見て、一番ショックを受けたのは、最初にウェブサイトの作成を依頼した同性愛の男性なはずだが......大丈夫! 幸いにもそんな依頼人はそもそも存在していなかった!

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ低下の確信「以前ほど強くない」、金利維持を

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ワールド

再送-バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大す

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story